冬虫夏草 / 梨木香歩
「家守綺譚」の続篇です。 章題の植物をワンポイントアクセントにあしらう超素敵センスな掌篇の連作構成は前作を継承していますが、こちらは長篇趣向。
待てど帰らぬ高徳犬ゴローの消息を追って、琵琶湖の疏水べりから鈴鹿の山襞深くへと愛知川を遡行し、仙郷茨川へ至る征四郎の旅路は、まるで冬虫夏草の子実体が菌糸体を辿ってルーツに触れる行為のようでもあり、空間軸と時間軸の混淆が物語に深みを与えています。
森羅万象を常しなえの大きな一つの生命とし、冬虫夏草を、その時々の状況によって生きる形状を変えていく命の逞しさと捉える発想から出発しているのだろうと思う一方、本来の意味の持つ暗さが押し秘められてはいなかったろうかと、薄っすら怖い気にもさせられました。 常に現在というのは蓄積された過去という養分を吸って変容した“子実体”なんだなぁと。 土の下(水の底)に朽ちた母体の存在を不意に衝きつけられた思いがして胸が痛くなった。
少しばかり反応過多になっていて、過激と言ってもいいくらいの諦観を読み取ってしまい、ラストは緩慢な心中ものか?ってほどの寂寥さえ醸されている気になって掻き乱されたのだけど、時間が経つにつれ、人の領分を知り、一被造物としての身の丈で粛々と生を全うする・・ それ以上でもそれ以下でもないことの強靭さ、厳かさがゆっくりと沁み渡ってきて、心がしんとなった。
前作の、中国古譚にも通づるような普遍的郷愁を揺り覚ます御伽噺にも似た肌触りが大好きだったので、今回、民俗学と真摯に向き合ってローカル色を打ち出した内容へと様変わりしていることに戸惑ったんですが、生きとし生けるものへのしみじみとした慈しみに何ら変わるところはなく、高堂をはじめ、ダァリヤの君、山寺の和尚、長虫屋、担当編集者の山内、隣りのおかみさん、みんな顔を見せてくれたのも嬉しい。 前作に“菌類が専門の友人”とだけ出てきた博覧強記の変人学者、南川(熊楠がモデル?)が新顔です。 征四郎が若干、大人っぽくなったか。 その分、高堂との差が増していく切なさ・・
尾根に続く街道から杣道へと分け入り、(後に永源寺ダム建設で水底に沈む)山里の村々を巡る征四郎の見聞録、道中記は、緊密に土地と向かい合って暮らす人々の生業を、その集落毎に丁寧に描き分け、さながら風土記のような趣きです。 氾濫の守護を託された川べりの無数の神社、太郎坊天狗、地蔵林、タノシ、蒟蒻屋、雨乞い、政所茶、識盧の滝、虫送りと虫迎え、ダマ踏、ズルツキ、カワセガキ、天湯河桁命、木地師・・ 八風峠付近のイワナの宿というのも土地の伝承なのでしょうか。 それとも竜神の眷属としての役割を担わせた創作なのか。 年老いた赤竜に想いを寄せたり、サラマンドラが何を意味しているのか考えあぐねたり・・ 野趣溢れる清廉な空気と瀬音の中に身を沈める宝のような時間でした。

<追記>
こちら。 検索していて見つけました。


冬虫夏草
梨木 香歩
新潮社 2013-10 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★★
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銀座幽霊 / 大阪圭吉
海野十三や渡辺啓助、小栗虫太郎や木々高太郎らと共に、日本探偵小説第二の隆盛期と言われる昭和十年前後の探偵文壇を彩った若手作家の一人、大阪圭吉の二冊組ベスト・コレクションの一冊。 ちなみに第一の隆盛期は江戸川乱歩や横溝正史が登場した大正末期とのことです・・乱歩曰く。
ちょっとした謎の掬い方、光の当て方が凄くいい! 鮎川哲也に“論理派ミステリの先駆者”と評された圭吉は、戦争に取られ早世した、謂わば永遠の若手作家であることが惜しまれてならないのですが、でもむしろ、この純粋性や手練れていないプレーンな感じは、どうしようもなく得難いものでありました。 わたしにはとても好もしく、こういうミステリが読みたかったんだよーと思った。
解説の山前譲さんは、“異彩に乏しい”とか“物足りない”とか“地味だ”とか、なにもそこまで・・と思えるほど、同時代人のネガティブ評価を引き合いに出しておられるんだけども^^; 後出しジャンケンの卑怯を承知で言わせてもらえば、人物描写や物語性が薄く、その分、謎解きに腐心しているミステリは、一つの方向性として間違ってなかったし、後世の作家ほど宿命的に書けなくなっていく“シンプルな潔さ”が、この短篇集の中には横溢していて、眩しいほどだった。 そして、装飾ではなく、在りのまま仄かに漂う時代の匂やかさ・・という付加価値。 現代とは少し違う倫理観の中に生きる人々の呼吸音。
人間消失、密室、暗号、ダイイング・メッセージなど、“型”が確立し、発展していく間際の原石のような光芒・・なのだろうか。 確かに、今からこれをやりますよ的なお約束系アピールが弱いので、ストーリーに起伏が乏しいという向きもあるかもしれないのだが、勿体付けた仰々しさがなく飄々としているところが自分とは相性よく感じられたし、あれこれ詰め込まないため、論理展開がすっきり整理されていて破綻がないから、とにかく読んでいて気持ちがよかった。 佳いミステリに出逢えた。 初出誌の挿絵で味わえたのも喜びでした。
パズラーのお手本のような「三狂人」や、暗号モノのお手本のような「大百貨注文者」、クリスマスをモチーフにした謎の提示が魅惑的だった「寒の夜晴れ」や、鯨の祟りという怪奇が物語構成にマッチしていた「動かぬ鯨群」、最後の一文にセンスを感じた「花束の虫」のモダーンな雰囲気もよかった。 林檎の皮むきのナゾナゾ大好き^^ というか、全て何かしらキラっとしていました。


銀座幽霊
大阪 圭吉
東京創元社 2001-10 (文庫)
大阪圭吉作品いろいろ
★★★★
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琉璃玉の耳輪 / 津原泰水
[副題:尾崎翠 原案] 生前未発表であった尾崎翠の映画脚本原稿に大胆な改変を施し小説化した作品。 伝奇風味の娯楽小説というアクセントが、新しい息吹きとして注入されているのは想像に難くないのですが、あいにく原作、それどころか尾崎翠を未読なもので;; どの辺のエッセンスに感応したらいいのか・・ 気持ちを高鳴らせるまでに至れないもどかしさが募りました。
兎も角も。 並み居る昭和初期の探偵モノを凌駕する(というより別次元だよなぁ)魔都東京の圧巻の背徳美と、登場人物たちの仄暗い喜劇性が小説の奥行きをそこはかとなく深めていたのではないかと。 ただね。津原さんがエンタメ性重視で再生しているせいか、後半がちょっとヌルくなってしまうんだよなぁ。 なんというか、相容れないものを無理やり合体させてしまったような違和感が少しばかり。
舞台は昭和三年。 ベールの貴婦人の依頼を受けた閨秀探偵を狂言回しに展開される“瑠璃玉の耳輪”をした三姉妹の捕獲大作戦。 人智を超えた運命的必然が作用する舞台狂言の絵空事、泥臭くも華々しい一世一代の乱痴気レビュー。
そんな劇場張りの空間演出に拍手喝采を送りつつ、頽廃的な風俗が織り成す百花繚乱絵巻の底に蔓延る虚無感や抑圧や歪んだ懸命さが捉えようもなくざわざわと不気味。 境界を踏み越えるゾクっとするほどの身の軽さとでもいうのか、リスキーな行動原理が一段と時代の香りを濃厚にする。
社会が急速に複雑化することで齎される漠とした不安感や、新しい秩序を求めて激しくのたうっているが如き狂騒。 その最中に蠢々と咲き誇る徒花のような物語世界。 そこから零れる息遣いは毒々しくも蠱惑的で、途方もなく遣る瀬無い・・ ところにもってきて、終盤の健全なドラマチック志向に腰を折られてしまうような;;
失礼千万なんですが、どうしてもそんな印象を抱いてしまいました。 要はそこを差し引いても有り余る(これまた失礼な)魅力を湛えた作品だったと強調したいのですが言葉が追いつかず。


琉璃玉の耳輪
津原 泰水
河出書房新社 2010-09 (単行本)
関連作品いろいろ

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名探偵は密航中 / 若竹七海
昭和5年夏、横浜を出帆し、倫敦へ向かう50日余りの航海に乗り出した豪華客船“箱根丸”の船上で起こる珍事・怪事騒動の顛末を、軽妙洒脱に描いたオムニバス風連作ミステリ。
戦前、留学生の洋行や欧米漫遊ブームのご時世にあって、欧州航路の花形だった箱根丸。 東シナ海、インド洋、紅海、地中海を経由し、倫敦までの往路を航行中、上海、シンガポール、コロンボ、ナポリ、マルセイユ・・といった寄港地に暫し碇泊して帆を休めつつ、風光明美な景観と旅情を振り撒いて、ゴージャスな船旅気分を演出してくれます♪
主人公不在というか、どちらかというと登場人物たちは、主舞台であると同時にメインキャストでもある箱根丸を彩る脇役といった趣きなので、雰囲気はそこはかとなくコージーっぽい気がしました。
じゃじゃ馬の男爵令嬢、商家の放蕩息子、服飾デザインや絵の勉強のために渡欧するモダンガール、事件を追い掛ける新聞記者、探検家として売り出し中のイギリス人女性、療養中であるらしい生化学の博士などなど、乗り合わせた船客たちは善き旅の道連れなのか、はたまた・・
日本の駄猫ちゃんも一匹渡航中♪ イギリス人のご婦人に見染められて英国へ旅立つことになったんですが、ひょんなことから一等客船の個室をあてがわれちゃってます^^ 若竹さんって、ドタバタチックな猫ミスがお上手〜。 なんか俄然筆が冴えて良いね良いねー。 余談だけど、ナポリで乗船した悪戯小僧は葉崎町(葉崎市の前身でしょうかね・・)の出身。 こんなとこにまでさり気なく葉崎が!
令嬢の逃亡劇やら殺人事件やら、盗難騒ぎやら幽霊騒動やら詐欺師の暗躍やら・・ 船客の間に続出するトラブルは、優雅で退屈な船旅における格好の余興ででもあるかのように、モチーフも仕掛けも多彩で飽きがこないんです。 舌先が軽く痺れるくらいの毒はあるけど、コミカルで小気味よい味わい系ですね。 自分は葉崎市関連の駒持警部補が出てくるシリーズのファンなのですが、かなり近しいものを感じた本作も大いにツボでした。
鈴木龍三郎君の書いた旅行記(酒飲み紀行?)によって、バラバラの短篇は連なりを見せ、ラストは意表を突く大仕掛けでフィニッシュ。
丸い船窓から夜毎こぼれ出る社交室の華やぎや、後部甲板のデッキチェアーで冷やし珈琲を飲む贅沢な一時など、古き善き豪華客船の様式美はもちろん、南海の熱波、ギャンブル、仮装パーティ、船酔いなのか酒酔いなのか・・朦朧とするほどに煮詰まった遊惰な空気や、儒教的な家の縛りに対する若者の反乱といった爽やかさの一匙が、一段と作品を風味豊かなものにしています。


名探偵は密航中
若竹 七海
光文社 2003-03 (文庫)
関連作品いろいろ

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セロ弾きのゴーシュ / 宮沢賢治
生前に新聞・雑誌に発表された作品を網羅しつつ、数少ない未発表完成作といわれる「セロ弾きのゴーシュ」を加えて編纂された11篇。 更に「グスコーブドリの伝記」の草稿的作品2篇が付録として収められています。
注文の多い料理店」収録の9篇と合わせて、賢治の意志で公表された童話はこれでもう全部なのですね・・
オールタイムズ・マイベストの「やまなし」を始め、大好きな「雪渡り」と「シグナルとシグナレス」が入ってました♪ 初めて読んだ中では、「北守将軍と三人兄弟の医者」と「朝に就いての童話的構図」というマイ宝石を発掘。
川の底から見上げる透き通った水面に青白く燃える波と、差し零れる月光の揺らぎ。 乳色にけむる霧や露の飛礫、植物の忙しない呼吸音をミクロの眼差しで感受する苔むす林の朝。 木や電柱の肌をかすめる風のそよぎや、銀の百合のように雪の地面に咲く木漏れ日・・
死んだらイーハトーヴに行きたい・・と、ふと思い廻らしている自分がいる。 わたしの中で賢治はもはや宗教のようになっちゃってるのかもしれないんだけれど。 彼の愚直なまでの理想主義は、どこまでも現世の寒村に対してロックオンされていたのだということに、切々と打ちのめされる。
言葉が見つからないんだけれど、社会生活で当然の如くに抑制している自分の中のラディカルな一面がピカッと目覚めてしまう感覚とでもいったらいいのか。 だからわたしは賢治を読むと癒されるというより、熱くなって苦しくなって泣きたくなって、いてもたってもいられないような激しさに突き動かされてしまうらしくて・・やばい。


セロ弾きのゴーシュ
宮沢 賢治
角川書店 1996-05 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★★★
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抱擁 / 辻原登
昭和十二年の東京・駒場。 鬱蒼とした森の中に広がる東洋一の邸宅、前田侯爵邸へ小間使いとして奉公にあがった十八歳の“わたし”が、お邸での謎めいた体験を後に検事に供述するというスタイルの作品で、これはわたし好みの信用ならざる独白系? と思いきや、一筋縄ではいかないところに、むしろ惚れました。
五歳の令嬢、緑子の視線の先にある見えない何か。 その不確かな存在に呼応するように少女の虜になっていく“わたし”。 幽霊の気配が隠微に揺らめくゴージャスな洋館では、微量の嘘や作為やまやかしによって、不穏な緊張感が醸成されているように思えてならないのですが、それがどこに依拠したものなのか最後まで明かされることはありません。 どの事象が真実で、どこからが誰の描いた虚構なのか・・ 相互に入り組んだ“胡蝶の夢”のような物語に眩惑されながら、ゴシックロマンと隠秘趣味が濃厚に香る舞台に身を沈めました。
そこを敢えて強引に心理劇として深読みしてみたくなる誘惑にどうしても抗えない・・そんな魔術的誘引力もまた、この物語の魅力だったりするかもしれない。
で、野暮を承知でつっついてしまうんですけれども。 様々な解釈が可能なのは当然のこととして、わたしの脳裡には(以下妄想)「自分の僕に相応しいかどうか、緑子は“わたし”をずっと試していたのではなかったろうか・・という緑子小悪魔説」が過ぎっています。 知らず知らずに操られて踏み迷っていくのは“わたし”。 妄念に取り憑かれながら高揚感を募らせていくクライマックスシーンの“わたし”の蹶起は、二・二六事件の青年将校たちの不遜な決意と、どこか二重映しのように描かれています。 陛下の聖断を夢想して果てた将校たちに対して、“善し”の言葉を最後に賜わることを“わたし”は許される。
衝撃のラストは、“わたし”が緑子に初めて認められた瞬間であり、契りの世界への扉の鍵を手渡されたと同時に、それと引き換えにして訪れた別れの時でもあり・・ 蠱惑的な狂おしさと覚醒した静けさが、まるで“あちら側”と“こちら側”が一期一会に交錯する刹那のように美しく烟っているイメージだったのです。 終幕の二粒の言葉が、それを端的に言い表しているようにも思えてきて鳥肌が立ちました。 言うまでもなく滑稽千万な鳥肌の可能性も(爆) ま、それでもいいんだ。


抱擁
辻原 登
新潮社 2009-12 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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注文の多い料理店 / 宮沢賢治
生前に出版された唯一つの童話集。 大正13年刊の初版本の復刻版。 文庫という制約の中で可能な限り復元の試みがなされています。 白眉たる序と、宝石のような9篇を当時の挿絵と共に。 そして特筆すべき(多分)は、単行本の発行に先駆けた“新刊案内”が付載されていることでしょうか。 賢治自身による短篇毎の解説と創作姿勢に触れることができます。 イーハトーヴ童話集全十二巻という構想があったのですね。 「注文の多い料理店」は、その第一巻として位置づけられていたようなのですが、売れ行きが甚だ芳しくなく、いきなり頓挫してしまったようで・・
この上もなくローカルで、この上もなくコスモポリタン的。 人と自然が同化し、自然と文明が平和的な融合を見せるイーハトーヴ。 理想郷の実現を信じた賢治の真摯な眼差しを想う時、初恋のような胸の高鳴りと苦しさを覚えてしまう。 賢治の心象スケッチを心に沁み込む慈雨のように大事に大事に焼きつけました。
恥ずかしながら、ちゃんと作品集を読んだことがなかったのです。 それでも半分くらいは薄っすら既知でした。 鹿可愛い過ぎるよ鹿。 てか、根源的な愛おしさと厳しさを内包したこの世界観の全てがラヴ。 はぁー。 好き過ぎて言葉が綴れないというか、もしくは変ちくりんなこと書き散らかし始めそうな悪寒が走るので、内容紹介に譲っときます。 そのうち、こそーり差し替えるかも。
そこでは森と人が言葉を交わし、烏は軍隊を組織し、雪童子と雪狼が飛び回り、柏の林が唄い、でんしんばしらは踊り出す。暖かさと壊かしさ、そして神秘に満ちた、イーハトーヴからの透きとおった贈り物 ――。


注文の多い料理店
宮沢 賢治
角川書店 1996-06 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★★★
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少女探偵は帝都を駆ける / 芦辺拓
モダン・シティ文化がクライマックスを迎える昭和10年。 大阪で名の通ったレストラン・カフェーの娘で、女学校に通う探偵小説愛好少女の平田鶴子と、新米新聞記者の宇留木昌介コンビを主役に配した冒険ミステリ連作集。
全7篇中の6篇は商都大阪を舞台に、ラストの中編を鶴子の修学旅行仕立てにして、鎌倉、帝都東京、日光と関東へ活躍の場を広げています。
五瓶劇場」を読んだ時にも感服したんですけど、下調べに余念がないですねー! 芦辺さんって凝り性でしょ。絶対^^ 大阪から東京へ主軸が流れていく感じが、「五瓶劇場」に近しいものがあるなーと思ったら、東京に居を移し、大阪への執心が緩められていく作者自身の心境というか・・スタンスの変化も背景に見え隠れしているみたいですね。
ラジオ放送の歩み、映画産業の変遷、テレヴィジョン実現化への熱い挑戦、漫才や落語、レビューなどで賑わう寄席小屋や劇場の活気、喜劇俳優や活劇スターの雄飛・・ 昭和初期の最先端風俗を余すところなくナビゲートしてくれて、そこへ時好に投じた探偵趣味テイストが加わり、当時の気風がヴィヴィッドに脈打ちます。 さらには満州国や内蒙古国をめぐる遠謀の影がチラつくなど、時代考証に裏打ちされた虚実の皮膜に戯れる妙味がどっさり♪
視点の切り替えが錯雑な印象なのと、いろいろ盛り込み過ぎて本筋のミステリが力負けしてるみたいに見えちゃうのが、うーーーん;;;; ってところだったんだけど、もはやレトロ・モダンに気触れているので、十二分に楽しませてもらいました〜。


少女探偵は帝都を駆ける
芦辺 拓
講談社 2009-08 (新書)
関連作品いろいろ
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鷺と雪 / 北村薫
上流階級の令嬢である英子と専属運転手のベッキーさんを主役に配した昭和初期ミステリのシリーズ3作目にして完結作。 予約にうっかり出遅れた時は、呪いの言葉を吐きそうになったけれども、タイムリーに図書館の順番が回ってきました♪ 今頃、爆発してるかしら・・予約。 ふふふふふふふ・・・・ (←鬼畜) でも受賞本狙いで手に取られる方も、よかったら是非、1作目から読んでみて欲しいなぁ。 間違いなく流れがあるから。
はぁー。終わっちゃった。 唐突なラストが凄味を放ってるんだけど、読み終えて時間が経った今は、なんともいえないカタルシスです。 思えば、大人でも子供でもない少女期の煌めきと、戦争前夜のほんの束の間の華やぎを活写した三部作でした。 そのどちらもに否応なく終わりが訪れる時、物語の幕が引かれるのは不可避だったかもしれません。 静かな幕切れではありません。 女性への目覚めと、時代の刃を鮮烈な断面で突きつけられる劇的な(そしてちょっと甘美な)終章は、むしろこのシリーズに相応しかったような気がしています。
ベッキーさんがさり気ないヒントを提示して、英子が推理する。英子は狂言回しで真の名探偵はベッキーさんというパターンを踏襲しながら、主に日常の謎を解決していくシリーズですが、今回のミステリ要素は少し控えめかな。 それより、戦争に対するメッセージ性がより感覚的になっていて、明確な言葉が少ない分、ずっと深く刺さるように思いました。 所々に配置される暗示的な言葉は、物語のクライマックスへ向けて効果的に連動し、暗澹とした兆しを滲ませつつ、読む者の心に不安を呼び起させていきます。 それだけに、英子やベッキーさんの清冽さや、雅吉兄さんの人畜無害な温もりが際立ってくる・・切ない痛みとともに。
漫然と押し流される者、抗う者、諦観の中に沈む者、毅然と受け止めようとする者、切り開こうと立ち上がる者、それらが綯い交ぜになった割り切れさに苛まれる者・・ 荒波の予兆の中で、あまりにも無力な個人だけれど、様々な想いを胸に抱えた人々が間違えなく生きていたという当然の事実に、ハッとさせられるような瑞々しさです。 決して絵葉書の引き写しではない時代の空気が、隅々まで薫ります。


鷺と雪
北村 薫
文藝春秋 2009-04 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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f植物園の巣穴 / 梨木香歩
生命体は分解と再生を繰り返しながら、未来という一方へ向かって生きることを運命づけられているのに、とかく人は記憶の檻に囚われて、過去に足元を掬われる。 溜め池、沼地・・ 生命力の源である混沌とした溶液のもとで、進めなくなってしまった生が息を吹き返し、再び川の流れに送り出されていくようなイメージ。 未分化の流動体に秘められた可能性・・そんなものを喚起させられるのでした。
時代は明治の終わり頃なのかなぁ。 植物園に勤務する主人公の佐田豊彦の思惟の流れを追うように物語は進みます。庄屋の一族出のぼんなのです。
子供の頃から当たり前のように身に纏ってきた儒学の縛りと、生物の摂理を学んでいくうちに培われた自然科学的価値観とが、宥めても賺しても対立を来たし、知らず知らずのうちに心に大きな齟齬を抱え込んでしまっていたようなのです。一回、人生を立ち止まざるを得ないくらい・・
芋虫はいったん蛹の中で液状になって、そこから蝶に姿を作り変えるのだそうです。落ちてしまったf植物園の巣穴は、蛹のような役割を担って豊彦に濃密な停滞の時間を齎します。 処理しきれずにいた古い細胞を分解し、幼き生を終わらせ、全く別の構造に組み換わった新しい命として出現させる・・ そんな意識変革の道程が、水面下へ降りて行ったところの不思議世界に照らし合わせて物語られてゆきます。
意識と無意識の境界線上で、自分の利益の為に大切な人を組み敷こうとしていることに、一度気づいてしまうと、凄く苦しい。 自分を裏切らないと見越した相手に対する甘えだってことは、心の底でわかっていても、自分可愛さの幼児性が邪魔をして素直に認めることができなくて。後ろめたくて居た堪れない想いから逃れるために忘れ去ろうとしてきた記憶は、分解されずに蓄積され続けるのかもしれません。そしていつかちゃんと向き合わなくては前へ進めなくなってしまうのかも・・ それでも。どんなに楽であったとしても一生気づけない人間でいたくはないのです。
なんか重たげなこと書いてますが、植物エキスとファンタジーの詰まった、ハッピーエンディングの美しいお話でした^^ でも案外わたしには、ズシンとリアルな風にも響いたかな。ちょぴっと。


f植物園の巣穴
梨木 香歩
朝日新聞出版 2009-05 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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