という、はなし / 吉田篤弘
[フジモトマサル 絵] “読書の情景”というテーマで、先にフジモトさんが絵を描き、そこへ吉田さんが後からショート・ストーリーを添えるという、“挿文”方式のリレーで生まれた絵物語集。 24枚24篇の“読書の情景”が収められています。 コラボ感がいいんだよなぁ。 実にいい。
夜行列車に揺られ、縁側に座り、入院中のベッドで、木蔭に寝そべり、散らかった部屋で、釣り糸を垂れながら、喫茶店の窓辺で、独房で、屋根に上がって、キッチンで、古本屋の書架の前に佇んで、プラットホームのベンチに座り、灯台のふもとで・・ ストーリーを見事に想起させるシチュエーションで、それぞれに本を手にする24種24匹の動物たちの絵が可愛くて。 煩雑さや時間に追われながら世知辛い現代社会に生きる人間の、ふっと開いた心の空隙を埋めてくれるようなお話に、擬人化された動物の絵を当てるなんて、キュンとさせてくれるなぁ〜、優しい哀愁がたまらんなぁ〜と、そう思って読んでいました。
まさか順番が逆だったとは。 あとがきで知って驚いてしまった。 もう一度絵を見返して、ストーリーを頭に呼び戻し、そう来るのかと。 吉田さんのインスピレーションの息吹きを追体験させてもらうオマケのひと時までも、この本の愉しみのなかに含まれていたみたい。
忘れられた、取り残された、裏側の、自由な、孤独な・・ あくせくした日々のなかで、なかなか共存できないもう一人の分身のような自分への労わりが、ほっこりとした浮遊感に包まれ揺蕩っていて、これは心をほぐしてくれるお薬本だと思いました。
どのお話も気が利いていてウイットがあって、“他愛ないのに味わい深い”というセンスを体現しているかのよう。 ちょっとした認識の異化作用がポイントなんでしょうね。 物理法則をさらりと無化してしまうような思いがけない視点から光を当て、ありきたりの基準のなかでは埋没してしまう大事な感覚を掬い取って喚起してくれるというか。 ってな理屈こねこねも不要なんです。 ただもう心地よく癒されるのが一番・・そう思わせてくれる軽妙さが稀有。
読者(特に本好きさん)が自己投影できるあるある要素が散りばめられているのだけど、真っ先にこれわたし!ってなったのが「眠くない」のキツネさん。 お月さま目線を思わせる絵もよくて、ふとアンデルセンの「絵のない絵本」を思い出してしまった。 「稀有な才能」のイタチさんの姿が自分とシンクロして見えて、無性に胸が締めつけられたり。 「日曜日の終わりに」のリスさんも沁みるなぁ。
「とにかく」のペンギンさんの絵はストーリーを読む前と読んだ後で印象が全く変わります。 ニンマリした口元がなかなか元に戻りません。 「寝静まったあとに」の絵と文も親和力が極上美味ですなぁ。
若い頃、(時には誤読のまま)感情移入しまくって、我を忘れるくらいのめり込んだ読書は楽しかったなぁーと「背中合わせ」を読みながら懐かしい気持ちがせり上がってきたり、「影の休日」はとびきり素敵なお話から再度パワーが注がれた、“人影”じゃないでしょw の絵が愛おしくて切なくて悶えそうでした。
「ひとり」は、ちょっとした叙述トリック系のオチ話になっていてふふっとなるんだけど、「夜行列車にて」はまた違って、お話の中でいつの間にか視点、立場が入れ替わってるっぽい感じがシュールで好きなのだ。
お二人のあとがきが載ってるんですが、メイン・ポジションを譲り合うどうぞどうぞ的な(?)あとがきタイトルのコラボまでなごなご笑かしてくれます。


という、はなし
吉田 篤弘
筑摩書房 2006-03 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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コップとコッペパンとペン / 福永信
何が面白いのかさえよくわからない規格外れの面白さ。 前衛的な娯楽小説といった味わいの作品集。 プロットに対する鋭敏な方法意識や、“語り”をいかに効果的に機能させるかという問題意識が研ぎ澄まされているのを感じる。 ジャンル小説風のフォーマットを手馴れた道具のように使いながら、極めて合成的に、技巧的に、なにものにも収斂しないまま宙吊りとなった世界を構築(反構築?)しているような油断ならぬものがあって、それこそ物語だけが小説のエンジンではないことを物語ろうとしているみたい。
あからさまな省略や偏執的なディテール、無用さの残響、噛み合わない遣り取り・・ でも、暴走と制御が絶妙に共存しているのだ。 全体的に都市社会を漂泊するような浮遊感があって、真実性と虚偽性の揺らぎ、絶対性についての幻想を示唆しつつ、個人という輪郭の脆弱さを露わにしていく印象だけど、それは何も特別なことではないでしょと、しれっとしちゃってる気構えに映る。
表題作の「コップとコッペパンとペン」は、大胆不敵に繰り出される人生の予測不能性を、言語空間の予測不能性に軽々と溶かし込んでしまった快作。 取り敢えず曲がりなりにも三代に渡る一家系のサーガなのだが、叙事小説とハイパーモダンのハイブリッド感に擽られた。 タイトルは“三世代の繋がり”を言語的位相で揶揄ってるんだろうな。たぶん。 電線、赤い糸、三つ編み、ロープ、ブーツの紐・・ 繋ぎ、ほどき、結び、よじれ、縺れ合うモチーフが、記憶の指標となって意味ありげな合図を絶え間なく瞬かせるのだけど、それはイミテーションなのであって、実は意味性を徹底して茶化そうとしているのではないかと思われる。 サスペンス仕様でありながら、なんの着地もフィードバックもなく、読者を物語に深入りさせることをすんでのところで拒んでみせ続けるイケズぶりが癖になりそうだった。
一番引き込まれたのは「座長と道化の登場」。 いや、引き込ませてもらえたというべきか。 ジャンル小説のガジェット云々ではなく、もうこれは純粋にホラーだった。 A面とB面とでもいうべき二幕のナンセンス不条理劇。 不可知な他者との接触の中で生じる孤独によって、自分の信じるコスモロジーの不安定性が露わになっていく。 内部と世界の間に介在するどうしようもないズレ、断絶。 乾いた不気味さにぽっかりと覆われた白昼夢のような空間が痺れるほど怖い。
「人情の帯」は、加筆された書き下ろしの続篇「2」と合わせて読む方が断然いい! 「コップとコッペパンとペン」における縦の糸を横の糸に置き換えたような作品で、モチーフとなるのは“電話”である。 外側からの緻密な観察による視点でのみ展開し、見えない人間関係(とその不在)を表層だけで織り上げていく。 時代感覚とも無縁ではなく最も群像チックな一篇。 「コップとコッペパンとペン」がサスペンスなら「人情の帯」&「2」は推理小説を踏襲していると言えるのだけど、当然ながら一筋縄でいくわけがなく、まるで見事な反推理小説を成している。 似て非なるピースが大量に混在しているため、パズルを組み立てることができないもどかしさとでも言おうか。 “手掛かり”が読み解く鍵になるどころか迷宮への誘導灯としてのみ機能しているが如くであり、ペテンにかけられたようなトリップ感の快楽に浸った。 福永信さん、初読みだったのだけど是非是非ご縁を結びたいと思った作家。


コップとコッペパンとペン
福永 信
河出書房新社 2007-04 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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私のいない高校 / 青木淳悟
読み終わった時の鳥肌感がヤバかった。 なんでこんなに怖いと感じるのだろう。 禁書とは言わないけどイケナイものを読んでしまったみたいにゾワッときた。 多かれ少なかれ、主眼がアイデンティティの不在に置かれていることは確かだと思うのだけど、これほど“消しゴムで書く”ことに徹した手法で“不在の存在”を暴いた作品はなかなか例を見ないのではないか。 テーマへの真摯なアプローチと文学的実験の展開とが共存共鳴した傑作だと、わたしには思えた。
ブラジル系カナダ人留学生、ナタリー・サンバートンを受け入れた神奈川県下の女子高、国際ローゼン学園二年普通科菊組の1999年度1学期の様子が日誌風に綴られていく。 時間割、身だしなみチェック、留学生の個別指導、ロングホームルーム、部活動、健康診断、所持品紛失、席替え、修学旅行の準備、修学旅行四泊五日の道程、避難訓練、模擬試験、定期試験、生徒総会・・ カリキュラムやエピソードが担任教師の雑感とともに流れていく。 それだけ。
本編は、実在する「留学生受け入れ日誌」にヒントを得て、その内容を踏襲しつつ、(いみじくも著者が述べる通り)全体をフィクションとして改変・創作した“小説”なのだ。 これが本当らしくて嘘くさい“ヘン”な空気を醸し出す。 日誌風と言っても日誌ではなく、単純にドキュメント趣向の小説といった定型には収まらないものを孕んでしまった。 担任教師の目線を拝借しながらも、その上位から作家本人かどうかもわからない何者かが傍観しているような・・ テキストの内と外を成す半二重性、半メタ性が安定を欠いた浮遊感を生じさせている。 怖いと感じるのは、この傍観者の透明な眼のせいなのだろう。 自分の思考の外のことは誰にも考えられないのだと突きつけるかのような。
まずもって、どういう毛色の小説なのか、その決め難さに戸惑いながら読み進めていくことになる。 小説の“色”、あるいは“顔”がないのだ。 しかし段々と意識の裏に薄気味悪さが張りついて離れなくなる。 この挑戦的なまでに上滑りしていく“正常”な空間が日誌ではなく“現実”として描かれている気味の悪さと言ったらいいか。 日誌が日誌風となり、三人称となることで担任教師の心象は解放されているはずなのに、何の検閲を受けているというのか、もはや自分が自分を検閲してることに気づかずにいるのか。 微笑ましい、問題意識を持った、憂慮する、残念な、大いに感心する・・等々の良識的感慨は薄い皮膜越しにしか響いてこず、協調性を身につけ、精神修養を図る人間形成の場において、懇切丁寧に管理される生徒たちは一様にのっぺらぼうで、平板なホログラム状になって漂う名前としてしか認識できない。
あたかも“日誌のように”体裁良く、想定内のアクシデントやハプニングの刺激を得てより魅力的に健全化された日常、それら“他愛のない普通”を体現するお誂え向きなリアリティの破片は、どこか懐かしい青春学園風の善良で温順な、誰もが羨むお手本のような空気の中に居心地よく収まり、満更でもない誇らしさを礼儀正しい慎みで覆い隠しているかのよう。
不吉な亀裂はどこにも生じはしないのだけれど・・ 書かれないからこそどうしようもなく喚起させられる意識がある。 “普通”から外れたことによって排除され、あるいは抑圧されているかもしれない心地よさの裏側の、蓋をし、眼を背けたくなる何がしかを凝視するよう促す衝迫力が本作品にはあった。 嗜みとして他人の心に深入りしない・・人に見られて恥ずかしくないために・・作法としての思いやり・・思い出作り・・至れり尽くせりのおもてなし・・


私のいない高校
青木 淳悟
講談社 2011-06 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★★
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壁抜け男の謎 / 有栖川有栖
新聞、雑誌、機関紙、オリジナル・アンソロジーなど、様々な媒体に寄稿した16篇のノンシリーズ短篇が集められています。 「ジュリエットの悲鳴」の第二弾といったところ。 単行本に収まれなかった溢れ者たちの詰め合わせですが、全体にアイデア・ストーリー的な通底感があって、とっ散らかってる印象はなかったです。 しかも本格ミステリ→オマージュ→奇想→SF→恋愛みたいな緩やかな流れに乗せて読者を運んでくれる仕掛け。 楽しかったです!
タイトルに惹かれ期待を膨らませていたのは表題作でした。 言及はどこにもなかったけど、架空の画家が描いたとする美しく幻想的な“絵”は、紛れもなくマルセル・エイメの小説「壁抜け男」のラストシーンなのでした。 琴線をさらっと撫でていく韜晦趣味が粋。 本篇と「ガラスの檻の殺人」は、“作者からの挑戦状”を挿入する犯人当てなぞなぞタッチ。 読者参加型としてのレベルを踏まえた入門編のような間口の広さ。 特に「ガラスの檻の殺人」なんて、ひねくれまくってねじくりかえって読んでたから、清々しいほどプレーンな正攻法に憑き物が落ちる心地がして、なんかよかった^^
「下り“あさかぜ”」は、鮎川哲也さんの鬼貫警部シリーズ「下り“はつかり”」と「王を探せ」と「憎悪の化石」をリミックスしたパスティーシュらしい。 調べたらみんな鉄道アリバイトリック系なんだね。 しかも鬼貫警部が挑むのは、“彼をモデルにした推理小説が何十冊もベストセラーとなっている敏腕刑事、保津川警部の殺害事件”という懲りっぷり。 時刻表ミステリへの熱いトリビュートなのです。 「王を探せ」との“亀”繋がりにウィットを感じますw 犯人も被害者も“モデルとなった実物”なのであって“十”や“井”じゃないですから^^; ぎりぎりセーフラインなスパイシーパロディでもあるねコレ。
「キンダイチ先生の推理」は、横溝正史ゆかりの地、岡山県真備町の“正史散歩コース”に置かれた耕助石(散歩途中に正史が座って休んだという触れ込みの石)って眉唾じゃないのか疑惑を払拭する小ネタが効いてます。 「ミタテサツジン」も正史もので「獄門島」の現代版もどき。 これはブラックコメディと読むべきか。 古い芸道小説張りのエモーショナルな空気とナンセンスなオチが化合したシュールさが稀有。 とはいえ、“物語の出で来はじめの祖”以来、ダジャレ(掛け詞)オチは日本人の伝統芸なんだよね^^;
堂に入った文体模写で描かれる「彼方にて」は、中井英夫に捧げ切った世界観。 「虚無への供物」を読んだ時、内閉調的美学の中に壊れそうなほど犀利な社会派意識を隠し持っているのではないかと感じた記憶が蘇りました。
「天国と地獄」はミステリ系のショートショート。 小咄みたいにスマートでお気に入りなのだ。 「Cの妄想」もショートショート風だけど、こっちは奇妙な味系。 一番ニヤニヤした。 ネタ的にはありがちな被書空間を扱ったメタだけど一幕劇の緊密さが鮮やか。 考え出したら帰って来れない深みにハマりそうでゾクッとさせられる感覚が堪らん。 「迷宮書房」も同種のメタ小説なのだけど、これ「注文の多い料理店」の主客転倒モチーフをパロってなかなかの展開を見せてくれます。 暗号系の小技が可愛い。 文字の苦手な山猫ネタ入ってるよね^^ 山猫さん幾つお店持ってるのかなw
「怪物画趣味」はまさかの密室くそ喰らえ展開。 グーでぶん殴られる覚悟の渾身ギャグ? いやいやどうして、この短篇集になら余裕で溶け込めてます。 蒼い輝きの如き「ジージーとの日々」と、白昼の夢の如き「恋」は、ちょっと別格。 並び立つ甘やかな抒情のコントラストが水際立っていて、まさに短篇集の華でした。


壁抜け男の謎
有栖川 有栖
角川書店(角川グループパブリッシング) 2011-04 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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いい女vs.いい女 / 木下古栗
中短篇三篇を収めた著者二作目の作品集。 絲山賞受賞作。 無意味から勃発的に生まれる破壊力がこんなに心地いいのは、日々、溢れる意味に取り巻かれ疲弊しているからなんだろうなぁ。 このパワー(異質な咆哮の荒々しく噴出するワイルドな不協和音)は、小説と言わず、今の世の中にあって、圧倒的に不足していると言わざるを得ない成分なのかも。 可視化や情報化の渦に呑まれ、絶えず目移りするばかりで一点に注ぐ熱い眼差しを見失うことが常態化すると、浅薄に均質化された多様性と相対的無関心が醸成され、権力機構にとって管理しやすい温順な全体主義社会が生まれる・・ 停滞の中で大人しく衰弱していく閉塞感をメッタ斬るかの如きヴィジョンに貫かれていて、キーワードは(移ろわない)強い視線と(管理や秩序の反義語としてのワイルドを体現する)全裸(笑)だったんじゃないかと思いました。
想定の範囲内から脱却、逃走し、常識を無力化し、既成概念を薙ぎ倒していくかのような放埓さ。 無理やり暴力的な変化を加えられるストーリーは、あって無きが如しなのだけど、ポルノグラフィーに付帯させた芸術性や詩情性あるいは思想性の、遠大にして雄壮な馬鹿馬鹿しさと、それを凝視するかのような無駄な労力の滑稽味が物語を牽引している感じがしました。 澱みなく、と言うと語弊があるかもしれない。 過剰で雑然とした、お世辞にも上手いとは言えない駄文もどきの長文が怒涛の勢いで繰り出されて、これがちっとも嫌じゃないばかりか、もはや上手いと言っても過言ではないような気がしてくるから不思議。 巧拙が非常に見分けにくいのが魅力になってもいるような。
物語の後先を考えず発想の飛躍に委ねて脱線を繰り返したり、脈絡もないエピソードが不意を突いたかと思ったら無用なまま宙吊りにされたり、訳のわからないことをやって回復不能なまで滅茶苦茶にしたり・・ これを意識的に試みようとしているのです。
それでも一作目の「本屋大将」は一番わかり易く、純度100%のギャグ小説として大いに堪能。 密かにお気に入り^^ クライマックスで大将が振るった長広舌に悶絶し、古栗初体験が本篇だったことを幸せに思いました。 二作目の「教師BIN☆BIN★竿物語」は、何気に小説としての構築力が際立っていた気がします。 デジャヴのような時空の錯綜感が凄く面白かった。 ラストの中篇「いい女vs.いい女」は、もっとも奔放に小説的構造からの逸脱を図っていて、もっとも明瞭に作者の素地が垣間見れる作品だった気がします。


いい女vs.いい女
木下 古栗
講談社 2011-08 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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歪笑小説 / 東野圭吾
“笑”シリーズの4作目ですが、路線から逸れました。 前作“黒笑”で扱った文壇・出版業界ネタ4連作の続編としてスビンオフした体裁の連作集。 アイデア・ストーリーというよりも、物語性重視の人間ドラマ趣向。 笑いがないわけじゃないけれど感動ベースへと狙いが大きくシフトしています。 ジャンル的に好みなのは前3作だけど、出来としては本作が一番いいのではなかろうか。 やっぱり東野さんはこのスタイルの書き手なんだなと。
理想と現実の間で苦悩する新人作家と編集者のドタバタコメディ。 本好きなら心躍らせずにいられない・・はず。 しかしなんとも新鮮味が感じられない。 最近の作品なのに、この昭和のオヤジが書きました的な臭さはなんなの? わざとなの? と、げんなりしながら読み進めていくも、ノリに慣れて登場人物に愛着が湧き出すと、段々楽しめるようになっていく。 やはり流石だ。 でも、“わざとなの?” という冷めた思いは最後まで消えなかった。
エンタメ界の新鋭、唐傘ザンゲ作の本格不条理ミステリ「虚無僧探偵ゾフィー」がリトマス試験紙になってて、良さがわかれば意識高い系、わからなけれが低い系みたいなレッテルが登場人物に貼られてたけど、それと売れる売れないはまた別の話だぞと。 所詮、本篇だって売れてなんぼ。 どうせこの程度が読者のお好みなんだろ? と、ページの向こう側から挑発している作者の顔がちらつかなくもなくて。 そこに“歪笑”なる企みの核心があったんじゃないかとさえ薄々思ってしまった。
業界周辺の卑俗なあるあるネタやお馴染みの裏事情など、切り口は多彩だし、トンデモ脚色がどのくらい真実を孕んでいるかいないか、想像を巡らせるのは愉快だった。 そしてこの連作集、モデルが頭をよぎりそうな属性やネーミングがいろいろ出てきて擽られる。 警察小説の大御所である玉沢先生は、明らかに大沢在昌さん。 ハードボイルドをおちょくってる埋め合わせでもありそうだけど、相当にかっこいい役どころ^^ 伝説の編集長やら、美し過ぎる新人担当編集者やらにも頭をよぎる某対象がいたりするのかな。
個人的には、臭いハードボイルドもどき小説「撃鉄のポエム」でデビューを飾った熱海圭介氏がお気に入りなのだけど、東野さんに虐められ過ぎてキャラが変わっちゃったのが残念。 勘違い野郎のままぶっちぎり続けて更なる高みへと邁進し、誰も到達できない“ギャグ小説”の境地を切り拓いて欲しかったわ。 まぁ、リアリティが要求されるドラマ路線に舵を切ってるから仕方ないのかな。 唐傘ザンゲ氏をなんでもっと癖キャラにしなかったんだろう。 マトモな良い子過ぎてつまらん。 まぁこれも、感情移入の出来るキャラを必要とするドラマ路線に・・以下略。
「ミステリ特集」がマイベスト。 辺りを見回し声を潜めて編集者にさぐりを入れる熱海氏のとあるセリフがツボw オチの捻りも最高。 前作に登場した寒川先生のその後を描く一篇「引退発表」は、愛ある茶番劇が醸し出す滑稽味と哀愁がいい感じ。 作品の一部をなす「巻末広告」でさりげなく明かされている更なるその後の消息に微苦笑。 寒川先生への皮肉とオマージュを混在させたウィットが光る。
「小説誌」は、業界のタブーに真正面から言及する短篇なんだけど、ラスト、逆切れ&開き直りの感情論に涙の大喝采って・・なにこれ。 むしろこんなオチしかつけようがない(と言いたい)のだと勘ぐれば、出版社の側に立って作家を揶揄った作者の粋を買いたくなる。 それとも何かはぐらかされたのかな・・


歪笑小説
東野 圭吾
集英社 2012-01 (文庫)
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燃焼のための習作 / 堀江敏幸
東京の東端とおぼしき町、運河と高速道路の高架が走る区域の、古びた雑居ビルの一室。 なんでも屋稼業の事務所を構える枕木のもとへ、嵐の前触れとともに訪れた依頼人の熊埜御堂氏は、十三年前に別れ、音信不通になった元妻と息子の消息を気にかけている様子。 捜し出したいのか、会いたいのか、そうではないのか・・ 曖昧な気持ちを曖昧なまま後押しするものがあってやって来たという。
合成皮革の古ぼけたソファに腰を下ろし、嵐が静まるのを待ちながら、つらつらと取り止めのない言葉を交わし合う。 助手の郷子さんも加わり、相談はやがて座談へと変容し、脱線や交錯、迂回や停滞、偶然や飛躍を積み重ねながら、模糊とした来訪の真意、衝動の由縁に辿り着くまでの細い道筋をゆっくりと手探りで匍匐していく三人の共同作業、捉えどころのない語らいのプロセス。
何かが生まれるかもしれないのを待つ大らかで慎重な迂遠さ、“間”の呼吸を味わうようなアナログのしなやかさは、点と点が繋がって流れになりそうな予感を手繰り寄せる。 他者との接触によってもたらされた新しい感情状態が、閉ざされていた神経回路に風穴を穿ち、それまでとは別様の光や影によって照らし出された記憶を浮かび上がらせることがある。
文中のふとした言葉から勝手な私的連想の世界を暫し彷徨って、あれ? どこで意識が逸れたんだっけ? と我に返る読書体験って日常茶飯事なんですが、読者のそんなオフライン感覚をも取り込んでしまうかもしれない不思議な底深さがある本でした。
束の間、日常から隔離された安楽椅子的シチュエーションは、どこか秘密めいた愉楽をまとっていて、相互作用や共感覚的な意識の火照りが一場の密度を濃いものにしていく。 窓外の雷鳴、雨音、風音の変化や、語り手の声音に耳を凝らす“音質”への拘りが感じられ、空気の色合いは刻一刻と形を変え、人の心をより深い人生の機微へと向かわせていくかのよう。
渋く地味な色調を包み込む明朗さと、力を秘めた温柔さが心地よく、古傷と甘い余熱が戯れ合うビターなラストにしっぽり。 状況からは易々と窺えないのだけれど、なにか、内的な化学変化に触れたと感じて読み終えたのは何故だろう。 ゆらゆらしているようでいて、物語の理念を遂行するための細心の巧妙さで制御されていたのだなぁと思う。


燃焼のための習作
堀江 敏幸
講談社 2012-05 (単行本)
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變愛 / 浅岡キョウジ
[副題:奇妙な恋人たち] 表紙が素敵で堪らず購入。 フェティッシュな愛のかたちを描く7篇のオムニバス短篇集。 眼球愛好、ショタコン、言葉責め、射られ願望、埋葬嗜好、なめくじ愛・・と並べてみると、どれもこれも相当ディープな変態趣味のはずなのに、そう思わせない軽やかさと爽やかさ。 ホラー風味のあるアール・デコっぽいレトロモダンな絵柄といい、耽美なエログロ世界を想像させるのだが、その実態たるや甘酸っぱい青春の香りに満ちたラブコメなのだ。 ある意味、すごく奇妙な世界観。 なんか・・これはこれでいいような気がする。 逆に、めくるめく性倒錯の小暗い浪漫に惑溺したり、真剣に変態性を追求したい向きにはお勧めできない作品ではあると思います。 ホントとにかく、クスクスってさせる可愛らしさ全開なのだから。
まだみんな変態慣れしてないヒヨっ子ばかりで初々しいのかな。 どうしよう変態かも〜変態かも〜ってドギマギしてたり、変態なんて概念もわからずキョトンとしてたり。 そもそも変態の前に恋愛初心者なのだけど、みんないきなり奇跡的といえるほどに幸せな巡り合いをしてるのだよなぁ。
一番好きなのは表題作の「變愛」かな。 絵的な緊張感とオチのギャップがよい。 てかこれ、実は変態じゃないんだけどね^^; まぁ、そこも含めてのストーリーがキュートなのだ。 近代(大正?昭和初期?)な背景と絵の親和力も抜群で。
「ヒ・メ・ゴ・ト」は、素子さんより香山くんのがヤバい^^; これも厳密には“たまたま”であって性癖ではない可能性が無きにしも非ず。 あと「紅い蛞蝓」の馬場さんの天然感がチャーミング♪ とりあえず絵に魅了されました。 真剣な画集出してくれたら買っちゃうかもしれん。


變愛 −奇妙な恋人たち−
浅岡 キョウジ
徳間書店 2013-09 (単行本)
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わたしたちはまだ、その場所を知らない / 小池昌代
思春期の甘酸っぱさと、師弟関係の小暗いロマンを織り込んだ学園風景に、詩の微粒子がきらきらと散りばめられていて、胸がきゅぅーとなりました。 小池さんの詩に対する溢れる想い・・ 恐らく整理のつけようがないくらいの想いの丈を、(誤解を恐れず書くと)戸惑いながらも果敢に、言葉の世界に写し込もうと試みた物語だったのではないかと、そんな印象を持ちました。
中学一年生のミナコとニシムラくん、国語教師の坂口先生の、詩に恋をした同志の覚束ない繋がりは、それぞれが未熟でぎこちなく、直向きで、眩しい。 詩に魅入られ、詩を追いかける求道者のような、巡礼者のような。 自分なんかとは進化の違う道を通った、違う星の生き物みたいに脱俗的で孤高な彼女たちを見ていると、この世じゃないどこか真空の世界の出来事みたいに思えて、手を伸ばしたら弾けて消えてしまいそうな淡々しさが不思議な手触りとして残りました。 あー、それに引きかえ我が思春期のクッソ恥ずかしさときたら;;
小池さん独特の“冷たい熱”のような感触が好きです。 深淵の底に広がる言葉の闇路を切り開く孤独な作業は、心に明りを灯すときめきと同時に、身を削る自傷行為のような痛みを伴うものなのかもしれない。 苦悶によって純化されていくことの甘やかな愉楽は、毒にも薬にも蜜にも聖水にも転調するポテンシャルを秘めた“詩”と向き合う強度を持ち、溺れる危険を承知で言葉に挑む覚悟を決めた者だけが得ることのできる報酬なんだろう。 三人の未来にエールを送りたい。
“芽吹き”を探しているミナコに訪れる雪解けの季節が、希望的な暗示を与えてくれます。 ラスト、人と詩と場所が重なり合う奇跡のような瞬間は、まるで宗教画のようでした。 彼女たちが、人の姿をとった詩の精霊のように見えました。


わたしたちはまだ、その場所を知らない
小池 昌代
河出書房新社 2010-06 (単行本)
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作家小説 / 有栖川有栖
作家(とその周辺)を題材に、“気紛れな小説を自由に書いた”というノン・ミステリの作品集です。 作家の生態をフィーチャーし、その飽くなき性、業の深さをなかなかに諷刺を込めて曝していてるのが小気味よかったです。 有栖川さんには、ミステリ書きを弄り倒して喝采を浴びた「登竜門が多すぎる」という名短篇がありますが、あの辺の着想からスピンオフしてるかも? 
百戦錬磨のベテラン編集者に手玉に取られる新人作家の惨めさや、その恨み辛みを根に持ち続ける執念深さであったり、締切に追われる焦燥感や、鳴かず飛ばずの忸怩たる想いの裏に張りついたプライドや・・ 同業者のスランプ情報は蜜の味とか、腕を組んで座った姿勢で身体を前後に揺すりながら話す編集者の威圧感とかね、妙にニヤニヤしちゃいます。
「締切二日前」に登場した作家の没ネタ帳が美味しかったです。 こんなパーソナルな部分を覗かせてもらってるこっちが気恥ずかしくなるくらい御馳走様です。 個人的には「書かないでくれます?」のホラー風味が妖しくて怖くて、一番ゾクゾク来て好きでした。 あと、「サイン会の憂鬱」の狂騒的ホラーも気に入ってます。
ウィットと毒がいい感じでブレンドされ、概ね不気味で痛快な空気が流れているんだけど、途中に挟まれた「奇骨先生」と、最終話の「夢物語」がふるっていて、一冊として眺めた時、この2篇のもたらす効果が素晴らしいことに気付かされます。 作家という稼業特有の懊悩に対する辛辣なユーモアを、ジワ〜〜と愛惜の想いにひっくり返してしまうんだから。 読み終えた時の、ちょっとしんみりと優しい余情をキープさせる配分が小面憎いほどに(失礼;;)巧いです。


作家小説
有栖川 有栖
幻冬舎 2004-08 (文庫)
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