夢巻 / 田丸雅智
星新一、江坂遊の系譜に連なる新時代ショートショートの旗手として注目されている作家さん。 初作品集ということもあって筆が若いです。 でも、ここからどんな風にグレードアップしていくのかなってのはちょっと気になります。
オフビートでキレッキレな感じを想像していた自分の好みとは違ったんだけど、いや、確かにそういう要素もあるんだけど、どちらかというとロマンあり、郷愁あり・・ みたいな叙情性優位な方向かな。 アイデアストーリーの“アイデア”はいいもの持ってる感が伝わってきて、このシュール&ナンセンスの連打はとっても楽しかったです。 ただ“ストーリー”が物足りないのは如何ともし難く。 オチにさほど重きを置かないポリシーなのかもだけど、いきなりショートショートのオチなし余韻ものはハードル高かろうに。 頑張って欲しいけど。 洒落た不思議な世界観を味わう奇想集といった趣きだったと思う。
「蜻蛉玉」「綿雲堂」「岬守り」「星を探して」「夢巻」などの優美な感動系ファンタジーよりも、「妻の力」「大根侍」「白メガネの男」辺りに食指が動きました。 「妻の力」は、いわゆる“ダラ奥”に依存してしまう夫心理を星の一生や宇宙の成り立ちに託けて描いてるのだけど、これが結構なるほど感あって良かったのだ^^; 剣士の仇討ちストーリーの定型を踏みながら、肝心の刀が大根という「大根侍」は、こちら側の住人とあちら側の住人との間の論点のズレ、噛み合わない会話が可笑しみを誘う系で、この“刀と大根”のように有機物と無機物、あるいは違う素材同士を混同することで生じるチグハグさの趣向はかなり多かったと思う。 こちら側の住人があちら側の立派な伝道師になってしまう展開のしらばっくれたユーモア感覚が「大根侍」は絶妙だった。 「白メガネの男」は、ニヤッとしたくなるようなブラックユーモアがそこはかとなく漂うところが好き。
あとがきでも触れておられた通り、日常のあるあるネタやふとした疑問に触発されたと見受けられる作品が多いです。 リモコンっていつもなくなるよな・・は「リモコン」へ。 これ、ラストのオマケみたいな謎かけ問答ネタにクスッとなりました。 寝ぼけた時のミミズののたくったような字って奇妙だよな・・は「みみずの大地」へ。 これ、落語の「あたま山」チックなオチが悪くなかった。 飲み会終わった出入り口付近で、あれ?あいつがいない・・は「白石」へ。 このシュールさはゾクっとする。 「文字」は中身のない文字が増殖していく社会への警鐘と思いきや、新しいステップへの華麗な進化にズコーってなりました。
また、あちら側の住人である友人や先輩や同僚の言動、生き様の奇怪さや突飛さが理解できないこちら側の主人公という構図において、その一人称の主人公が作者本人の投影とおぼしきケースが多々あり、そこから仄かな都市伝説風味が生まれているのも特徴的と言えるかもしれません。


夢巻
田丸 雅智
出版芸術社 2014-03 (単行本)
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パンダ銭湯 / tupera tupera
話題になってたので読んでみました。 大人の感想です。 なんてシュールなパンダ暮らし♪ “パンダ以外の入店は、固くお断りしています”の貼り紙がある“パンダ湯”のヒミツってなんでしょう? 親子パンダの銭湯タイムをそっとウォッチングしちゃいましたってお話の絵本です。 あぁぁぁ・・見てはいけないものを見てしまいました^^ パンダさんたちの淡々とした平常心がまた良くて。 古き良き所帯臭さが醸し出す温かみとの絶妙ブレンドで、独特の世界観が生まれております。
文がほとんど無声に近いくらい削ぎ落とされているので絵の比重が大きい・・ようでありながら 、逆にそのシンプルさが際立つんですね。 “チャ! チャ!”がお気に入り。 合いの手の“は〜ぁ パンダ〜ドンドン”がない(笑) パンダさんたちが混み混みで体を洗う壮観な(?)眺めにアクセントを添える“耳”のアイデアがツボ。 この仕掛け、最終ページではささやかな絵オチも演出することにw
銭湯内の調度に目一杯の目配りがなされていて、クスってなる小ネタを探すのが楽しいです。 外観は昔ながらの銭湯を模した純日本建築で、唐破風造りの堂々たる風格(でも目を凝らすと意匠がパンダ仕様)なのですが、壁絵は富士山じゃないし、湯船のタイル模様も・・ふふ。
余談だけど、“パンダの目は実は怖い”って風潮にはちょっと疑問符なのだよね。 垂れ目柄の中にあるから逆に鋭く感じるだけで、普通の熊さんたちと変わらない気がしてるのだけど違うの? やはりアレを一回やってもらわないといかんね^^
“tupera tupera”さんはご夫婦による物づくりユニットなんだって。 絵本やイラストレーションをはじめ、多方面でご活躍中。 この絵本は、第3回“街の本屋が選んだ絵本大賞“受賞作品。


パンダ銭湯
tupera tupera
絵本館 2013-08 (単行本)
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★★
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妻が椎茸だったころ / 中島京子
泉鏡花賞を受賞した上々質な短篇集ですが、2013年度の日本タイトルだけ大賞(これ、“タイトルだけ”に贈られる賞であって、内容が伴わないという意味ではありませんので念のため)に輝いた作品(いや、タイトル)と紹介しても失礼には当たらないでしょうね? 何喰わぬ顔で言葉をパクッと捕まえる感覚を独自に進化させてる作家さんだよなぁ。 それとなく言葉遊びの要素を盛り込んでるところも好き。
生存の根源的な揺らぎと、常人の理解及ばぬ奇妙な境地を垣間見せてくれるフェティッシュな現代の奇譚5篇は、どれも究極的には男女間の倒錯した情愛を扱っていたように思います。 素っ気なくサラッと、なのに深く。 とっつき易く読みやすいのだけど侮れず。 栗田有起さんの雰囲気に近しいものがあるような・・ ただ、隠微を穿つ直観というのか、その生理的な光沢と芳香がとても濃いのが印象的です。 特に“食す”という行為が持つ、淫らで野蛮でグロテスクな本質を、飄々としてなごなごとした恬淡たる筆致から暴き出してしまう感性にゾクリとさせられる。 そして“食われる”は、“囚われる”や“魅入られる”と同義で語られていたように思います。
表題作「妻が椎茸だったころ」は、もしやリドルストーリー? ほろ苦くも温もりある滋味の中に、ちょっと滑稽な薄ら怖さがぞろっと混ざるところが艶かしくていい。 妻亡き後、二人の親密な時間を生き直しているかのような定年亭主・・いや待てよ、と、そこで思うのです。 料理家女史のセリフがふと引っかかって。 寄り添うもう一つの椎茸ってどっちなんだ? 表紙の椎茸3個がなんとも意味深な気がするのは考えすぎなのか・・ 密かに感動作と見せかけた二重底ものだったら傑作だよなと思うブラックな自分がいて後ろめたい。
表題作の深読みを抜きにしたら「ラフレシアナ」が一番シュールだったかな。 最後の一行がよい。 自らを小さな温室に幽閉するまでの感情の行程は、奇怪で馬鹿馬鹿しいほど得体の知れない底無しの昏さを秘めていて美味。
おぼつかない言語変換時に起こる脳内の越境感覚を見事に捉えたホラー「リズ・イェセンスカのゆるされざる新鮮な出会い」、伝説や物語と滑らかにシンクロしていく「蔵篠猿宿パラサイト」や「ハクビシンを飼う」。 「蔵篠猿宿パラサイト」のクトゥルー系モダンSF風味も捨てがたいですし、おとぎ好きとしては特に最終話「ハクビシンを飼う」が絶佳。 白昼夢のような妖美幻想に、不覚にも琴線がふるふる震えて、透明感ある余韻の甘苦しさをいつまでも転がしておりました。


妻が椎茸だったころ
中島 京子
講談社 2013-11 (単行本)
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★★★★
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屋根屋 / 村田喜代子
屋根の雨漏り修理にやってきた屋根屋は、十年前に妻を亡くし、心の病気に罹って以来、医者に勧められた夢日記をつけ続けるうちに、見たい夢を自在に見ることができるようになったという。 熊本訛りの朴訥な大男、永瀬屋根屋に導かれるまま、専業主婦の“私”の夢の旅が始まる。 夜と眠りを共有する二人のランデブー。 ある時は、博多の真言宗東経寺の反り屋根に腰掛け、月明かりの下で携帯ポットの焙じ茶を飲みながら語らい、またある時は、室町時代の瓦師、寿三郎が気の赴くままの独り言を刻んだ屋根瓦のヘラ書きを見に橿原の瑞花院吉楽寺へ。 そしてまたある時は、ノートルダム寺院の鐘塔の天辺からパリの絶景を一望し、菜の花の草原に横たわるシャルトル大聖堂の青い大十字架を鳥瞰し、夥しい彫像や絵画や金銀細工が詰め込まれたアミアン大聖堂の上で魂だけの透明な体になる・・
“殻のない薄皮一枚の生卵の中”に籠るような夢、その皮膜を破らぬように寄せては返す往還の、いったいどこまでが夢だったろう。 現実は案外、屋根屋が来て働いて帰っていった、ただそれだけだったかもしれない。 ラストさえ覚めやらぬ夢の中なのでは・・という思いがよぎる。 “私”が屋根屋の望むものの影なのではなく、屋根屋こそ、“私”の煩悩が生んだ影であり、孤独、鬱屈、寂寥、性欲に心を縛られているのは屋根屋ではなく“私”自身だったのではなかったろうかと。
身も蓋もないことを言ってしまうと、これ、熟年女性の自慰小説以外のなにものでもない気がするのだが、ここまで自分のために都合よく夢を作ることができたら、ヤバいくらい気持ちよかろうなぁ。
屋根とは、下界を眺め、空を望みながら靄のように想念を廻らせる此岸と彼岸の境のような場所。 “私”が秘めていた屋根への焦がれは、蜃気楼の光の檻に閉じ込められたような永遠への焦がれであり、地上からの逃避、タナトスへの仄かな傾斜だったろうか。 危うさと癒し、どちらに転ぶのだろう・・ 朦朧とした余韻が悩ましく蠱惑的。
夢の世界の映像であっても、実体を忠実に再現しているので小説風トラベローグにもなっていて、その上、屋根うんちく満載のちょっとした建築小説だった! ってところが大いにツボでした。 ゆったりと広がり西方浄土へ飛んでいきそうな日本寺院の屋根、神に近づこうと何処までも天空を目指す西洋寺院の塔・・ 和洋の技術的な対比や、そこから読み解く思想的な対比など、多くの学究的考察が盛り込まれている点も特徴的な作品。 自分としては、12世紀後半から13世紀前半に鎬を削って次々着工されたフランスのゴシック寺院に関するあれこれや、“懸垂式”に屋根の相輪から吊るされた心柱が固定されないまま振り子のようにバランスをとる五重塔の耐震技術など、良きお勉強が思いがけなくできてご満悦。


屋根屋
村田 喜代子
講談社 2014-04 (単行本)
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蘆屋家の崩壊 / 津原泰水
再文庫化された“幽明志怪シリーズ”の一作目。 随分前に集英社文庫版で読んだ・・はず。 内容は忘れ果ててたけど、そうそう、この飄々としたユーモアと耽美でおぞましい愉楽を併せ持つ空気感が好きだったんだ。 集英社文庫版所収の「超鼠記」が外されて(シリーズ2作目の「ピカルディの薔薇」へ移行)、代わりに書き下ろし新作の「奈々村女史の犯罪」が加えられた八篇編成。 単行本に収められていたらしい著者による各短篇の覚書き「跋」が、今回、復活収録されています。
三十路を過ぎたフリーター猿渡と、怪奇小説家の伯爵。 無類の豆腐好きで意気投合した食い道楽コンビが、足を伸ばす津々浦々で、幽明おぼつかぬ異景の数々に遭遇する連作短篇集。
怪異がストーリーとして理知的にコントロールされており、言ってみればミステリーとホラーの中間くらいのスタイルで、非常に読み心地の良いエンタメ度。 同時に正統派怪奇幻想譚の風合いを漂わせていて美味なのです。 流暢な擬古風(?)調で綴られる猿渡の一人称スタイルが、男の美学というのか、色気というのか・・ 苦い女難の杯を陶然と飲み干すような、ある種のダンディズムを醸すんだよねぇ。 物語の底に流れる異形への憐憫、昭和ロマネスク的世界観を想わせる気怠い哀愁、不意に突き落とされる暗闇の香気、そのギリギリのラインで往なしてくる素知らぬ愛嬌・・
一話目の「反曲隧道」は短いながらインパクト大で、これだけしっかり記憶に残ってました。 伯爵と猿渡の出会いエピソードに通ずる一篇でもあります。 「埋葬蟲」の気持ち悪さは格別で、しかもホラーとしてのツイストが秀抜なのに・・なんで記憶にないんだろう;;
既にタイトルで一本! な「蘆屋家の崩壊」は、蘆屋道満と八百比丘尼の父娘説をモチーフにした民俗学ベースの作品。 安倍晴明が狐の子とされた由縁にまつわる猿渡の持論は、そのまま津原さんの考察なのかしら?
「猫背の女」は、異常な自己意識の持ち主は相手なのか自分なのかというサイコチックなプロセスを踏みながら、ラストで「かちかち山」の猿渡流解釈に帰結させる辺り、洒脱だなぁと。
寂れた村落の土着信仰とギリシャ神話の幻獣を融合させた「ケルベロス」のラストは、怖気と寂寥を孕んだ謎オチと、 “スクリームクィーン”で首尾照応する滑稽味とが相俟って名状し難い機微があった。
各短篇は比較的ランダムに時系列を行き来し、あまり厳密であろうとはしていないのですが、それでも少しずつ“現在”は更新されていきます。 内界の相克を鮮やかにイメージ化した最終話の「水牛群」で、猿渡の再生を予祝しています。


蘆屋家の崩壊
津原 泰水
筑摩書房 2012-07 (文庫)
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★★
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ぶたぶた日記 / 矢崎存美
インターバルを経ての5作目。 シリーズ復活の口火を切った作品と言えるでしょうか。 本作以降、毎年1〜3冊ペースで精力的に新作出されてますよねぇ。 今や愛されるロングランシリーズ。
奥さんのお母さん(人間ですw)が申し込んだカルチャースクールのエッセイ講座に、代理で通うことになってしまったぶたぶたさん。 講座は全6回のカリキュラム。 引きこもり、認知症、リストラ、自分探し・・ 新米作家の講師と講座のメンバーたち老若男女6人の日常環境を取り巻くテーマにスポットを当てた6篇の連作の、それぞれの要に計6回、ぶたぶたさんの日記エッセイが挿入される趣向。
うーん;; あまり気持ちが乗らなかった・・今回は。 どうだろう。 ぶたぶたさんの特殊性に対する周囲の感度が高まってる傾向? ちょっとネタにしすぎw ぶたぶたさんへの違和が過剰になった分、シュールさがすっかり薄れて普通のリアル路線になっちゃったね。 驚きと必然とどっちつかずで存在してるのが珍奇で新味だったのに。 必然っぽい要素は“見えない善意”に置き換えられちゃってヒューマン一色といった感じ。 もっとも、人間心理との密着度を高めるために、敢えてそこを強調する狙いあってのことなんだろうけど。 今まで勝手に読み違えてた気もしてきたり;;
それと、よくある動物が喋る系と差別化された“ぬいぐるみ属性”が魅力なのだから、自分の内面(特に、ぬいぐるみであることの苦労のようなもの)を語らせて欲しくないなぁ。 語らないから切なくなるのに。 今回のお題が“日記”だったので仕方ない部分はあったんだろうけど・・って、これ、ハートウォーミング・ストーリーに難癖ダメ出しとか我ながら鼻っつまみ;;
小さなフモフモの手でボールペンをギュッと握ってメモメモしたり、手をあげて鼻先をモクモクさせて発言したり・・ もちろんラブリー挙動は相変わらずの絶好調♪ あくまでも能動を促す存在なんだよね。 ぶたぶたさんを触媒に、色を失くした眼前の世界が輝きを取り戻し始め、みんながそれぞれの一歩を踏み出したり、互いに優しい気持ちを育んでいく様子がほろっと爽やか。 まるで自分の心と対話をしている気にさせるぶたぶたさんのしなやかな受身は、やっぱりぬいぐるみが持つ癒し作用の具現化に他ならないんだと思った。


ぶたぶた日記
矢崎 存美
光文社 2004-08 (文庫)
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チマチマ記 / 長野まゆみ
飼い主のマドモアゼル・ロコとはぐれて放浪中、寒い早春の夜に拾われて、宝来家の一員になったチマキとノリマキの兄弟子猫。 翻訳業の傍ら、フリーペーパーに人気コラム“コマコマ記”を連載している小巻おかあさんの真似をして、兄猫のチマキが書き始めた“チマチマ記”。 という体裁の本です。
朝ごはん、昼ごはん、飲茶パーティ、おやつ、ピクニック、お楽しみ会・・ 早春に始まり真冬までの一年に渡って、ちょっと複雑な家族構成の宝来家の様子が、ソーセキの「猫」風に猫目線で綴られていきますが、ごはん係りを務めるカガミさんの四季折々の賄いと、家族の食風景に特化したレポートです。
何かとフランス風味でコーティングされた、アーティスティックでクリエイティブな、少しばかり調子外れで優雅な一家。 世田谷辺りのお宅かなーと勝手に想像した。 こういうスローフードなお洒落ライフ・・ 憧れるけど自分には無理だわー;; でもたまに取り入れるくらいになら手間暇かかるほどでないメニューも色々紹介されていたし、シラス干しを炒って作る出し汁、バルサミコ酢×粒マスタード、ネギ油あたりの万能感は是非とも参考にしたい。 “にゃんごはん”の献立も侮れないよ。
普段使いの小食堂やキッチンというミニマム・スペースで、ほぼ食材や調理方法の話題のみで進行していく話なんですが、美味しくてヘルシーな料理が日々の暮らしの中にあることの有り難さと、家族への想いやりが一つになった、健やかでハッピーな陽だまりのような空間。 (子猫バージョンの)兄弟ものですし、(心は女子の)カガミさんと居候の桜川くんとのニアミスなどは、長野さんお箱のシチュエーションですが、ほんの味付け程度であり、ほっこりした雰囲気を補強する絶妙の匙加減。
チマキの筆なるノリマキの可愛さにメロメロなのは勿論、庭のクロウ夫婦とジュニア(親離れ子離れできないカラス親子)がお気に入りw ジャン=ポールの正体は最後まで仄めかしだけの方が素敵だったと思ったり。 キウイってマタタビ科なんだー。 ふふ。 ガールハントの季節もすぐそこだね、チマキ♪


チマチマ記
長野 まゆみ
講談社 2012-06 (単行本)
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注文の多い注文書 / 小川洋子 & クラフト・エヴィング商會
9年がかりで完成(熟成?)させたという小川洋子さんとクラフト・エヴィング商會さんによるコラボ短篇集。 小川さんが創り出す冷たくフェティッシュな空間と、クラフト・エヴィング商會さんが魅せる粋な“魔法”とが有機的に作用し合っていて、企画先行感を抱かせない質の良さ。
“ないもの、あります”を謳い文句に、東京の片隅の、引き出しの奥のような街区にひっそり店を構えるクラフト・エヴィング商會が、5人のお客の所望する不思議の品々を探し出す5つの物語。
これ則ち、小川さん(注文者)がお題を出し、クラフト・エヴィング商會さん(納品者)がレスポンスする趣向なんですね。 と、巻末の対談を読んでびっくり。 そう単純ではないと思ったので。 物語が流れるようだったし、連携が見事で化学反応がしっかり起こっているから、てっきりブレーンストーミングの賜物だろうと、本編を読み終える頃には確信してただけに・・ あ、でも待って。 “対談”さえ字義通り信用していいものかわかったもんじゃないですよ。 読者を煙に巻く、その念の入れようといったら職人芸なんだから。 神妙な顔してどこまで悪ノリしてるのか見極めたくもなるけど、ここはもう、著者たちの意のままに虚と実の狭間をフワフワ遊歩させていただくのが良きかなと思ったわ。
5つの既存の小説を源泉に小川さんの想像の中に育った5つの品々が妖しく美しく揺らめきます。 小川さんとヴィアンの「うたかたの日々」って、わたしの中では、もう切り離せなくなってる。 本編でも「肺に咲く睡蓮」のベースになってるし、川端康成の「たんぽぽ」をベースにした「人体欠視症の治療薬」でもオマージュらしき含意が窺える。
サリンジャーの「バナナフィッシュにうってつけの日」を踏まえた「バナナフィッシュの耳石」も結構好きで、これは、クラフト・エヴィング商會さんの不意を衝く着眼がキラリ。 村上春樹さんの「貧乏な叔母さんの話」を踏まえている「貧乏な叔母さん」は、時空仕掛けの感動作で、一番まとまりがよかった気がする。
最も好みだったのは「冥途の落丁」。 小川さんとクラフト・エヴィング商會さんと、百けんの「冥途」までもが響き合っています。 というよりむしろ、いつの間にか「冥途」に物語空間を乗っ取られている感覚がザワッと怖い。 百けんが行間の向こうに降臨してるみたいな不気味さが出色。


注文の多い注文書
小川洋子 & クラフト・エヴィング商會
筑摩書房 2014-01 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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奇譚を売る店 / 芦辺拓
“――また買ってしまった”で始まる六篇の古書幻想譚・・とは言ってもミステリでもあり、ちゃんと仕掛けが用意されていました。 芦辺さんがミステリ書きだということを忘れていたわけではないんだけど、一篇一篇が面白く、何も勘ぐらずに真っ直ぐ読んでしまい、あっけらかんと驚かせてもらいました。 予備知識なしの読書を強くお勧め。(ってこれが既に予備知識なんだげど;;)
うらぶれた街の片隅の古本屋に通い、撓んだ書棚に並ぶ色褪せた本や冊子をためつすがめつ、一期一会の掘り出し物を探さずにはいられない小説家の“私”。
“私”の運命は手に入れた一冊の古本によって狂わされていきます。 時を重ねた書物の業が“私”を絡め取り、自らの物語空間にゆらりゆらりと曳き込んでいく悪夢的な展開が美味。 幻惑の彼方に誘われ、帰って来れないような危ういことになるんだけど、次の章では何事もなかったかのようにリセットされて、“――また買ってしまった”に舞い戻る、この不合理なループが読んでるうちに段々癖になってくるんです。 寸止めで踏み留まったり、破滅の刹那に悟りを得るパターンよりも逝っちゃってるのが好きだわ^^; でもストーリー的には「こちらX探偵局 怪人幽鬼博士の巻」が一番気に入ってたりする。 キュンと来る成分がいい♪
一篇目に、“私”の親戚として“蘆邉”姓の人物が登場するので、“私”と作者を近似値として印象づける狙いがあったかも。 でも、作者と物語の間には適度な距離が置かれていて、“私”の書痴たる性や妄想癖を、ちょっと突き放した目線で描いているところに冷めたユーモアが滲んでいます。
・・と思って読んでました。 五篇目まで。 うわぁー 油断した。 メタ・マジックにすっかり翻弄させていただきたした。 最終篇の「奇譚を売る店」は、表題作という単純なニュアンスではない、とだけ。 そして今更ながら、“はじめに”が非常に意味深だったことを知り、この独特なフォントが本書に採用された理由に思い至る。 読み終わって全体を眺めると底無しの虚しさが茫々と立ち込めている感じ。 それが全然悪くなかった。 古書愛の魔性的愉楽の、禁断の裏側を見せられたようで。
戦前戦後のサブカルやカルトな活字文化の薀蓄あれこれ、レトロ趣味てんこ盛りな芦辺さんらしい濃さがやっぱいいなー。 特に前半の、巨大な西洋建築を誇る異形の脳病院、人目を憚るいかがわしさを売りにしたカストリ雑誌の三文作家、良いものも一緒くたに打ち捨てられて忘れ去られた少年向け漫画雑誌など、往年の怪奇趣味や探偵趣味のエキスを存分に吸い上げて、超マイナー&ディープな匂いを発散させていた辺りが惜しみなくツボりどころでした。 全篇に渡って計算づくのネタをどれだけ仕込んでいるのか、種明かし本があったら読んでみたい。 イニシャルの人たちは誰なんだろう・・というのもそっと気になっている。


奇譚を売る店
芦辺 拓
光文社 2013-07 (単行本)
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★★★
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改造版 少年アリス / 長野まゆみ
デビュー作「少年アリス」を大幅改稿した改造版なるリニューアル版が2008年に刊行されました。 デビュー20周年の企画ものな感じでしょうか。 改造・・って言葉の響きで変な悪寒がいや増すせいか、ファンとしてはおっかなびっくり読みましたが、結果から言うと高評価。 うん、良きかな。
表現が明快で迷いがない感じ。 虚実がきっぱりしていて辻褄が合う感じ。 その分、あえかで儚い、曖昧模糊とした初期作品独特の浮遊感は薄らいでいるんだけど、この落差は、本篇が少年少女向けであることをより明確化したためとも思えるし、長野さんの内側から滲み出た20年分の自然な変化の作用なのかも・・と、チラッと感じたり。
少年同士の(仄かに甘美な)関係性の軸が抑えられたことで、成長譚という軸が自ずとくっきり浮かび上がっていました。 夏の終わりと秋の始まり、月夜と夜明け、鳥と人・・ 子供と大人を暗示させる隔てられた世界の対称性、結界から踏み出し、あるいは境界を通過する儀式性が、こんなにもクリアーに描かれた作品だったなんて、初版を読んだ時には気づかなかった。 いや、そこを鮮明化したのが本篇というべきか。
巻末に“少年少女のための『少年アリス』辞典”なる脚注が付載されていて、要するに本篇中の用語解説なんですが、神妙にガセをやらかすやつかと思ったら真面目な文献資料でした。 著者の手になるイラスト入りで装丁も素敵な本です。
「不思議の国のアリス」を意識したような初版のラストも好きなんですが、改造版のラストもわたしは好き。 少し剽軽で意地悪で、そして多分、少し優しい。 初版では持ち主とはぐれてしまった卵のことが妙に気がかりだったので。(理科室に鍵が掛かっていて標本箱へは戻せていないはずだから・・) 一番の変更点は黒鶫の正体でしょうね^^
本篇に比べると初版は“気配”を過剰に重んじた未分化なイメージがあるのですが、決して優劣で推し量れるものではありません。 “最初に読んだものが最良の法則“の成せる技なのか、今ではないあの時に出逢えたかけがえのなさが愛おしく、どちらか一冊と言われたら、やっぱり初版を選んでしまう気がします。


改造版 少年アリス
長野 まゆみ
河出書房新社 2008-11 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★★★
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