カレワラ物語 / キルスティ・マキネン
[副題:フィンランドの国民叙事詩][荒牧和子 訳] 19世紀、エリアス・ロンロートは、フィンランドの東部からロシア領内に至る地域を巡り、吟遊詩人から数多の口承歌謡を集め、組み合わせて編纂し、創作を加え、フィンランドが世界に誇る民族叙事詩「Kalevala」を著わしました。
その中から主軸を抜粋し、読み易い散文調で焼き直したのが本書。原典は韻律調かつ一大長編。と来れば尻込みしてしまいますので、手に取り易い本書と出会えて嬉しかったです。
キリスト教以前、フィンランドの大地に、サンポの欠片による恵みと、音楽の悦びをもたらした魔術師たちの伝説です。寒い国の豊かな自然の中に息衝く物語。森と海と澄んだ冷たい空気が、ふと肌に触れそうです。
創世記神話に始まり、カレワラの勇者たちの求婚に纏わるエピソードが少しずつ絡まり合いながら描かれ、後半はポポヨラとの戦い(殆ど魔法合戦!)、そして終盤は、なんと、異教からキリスト教への国譲りみたいな展開になっています。 この部分はロンロートの創作ということになるんでしょうか? 著された時代背景が垣間見えて興味深かったですし、他国の支配下での歴史が長かったというフィンランドにとって「Kalevala」は、民族への想いの結晶のように誕生し、慈しまれてきた作品なのだと知り、心揺さぶられるものがありました。
大気の乙女イルマタルの胎内に700年も籠っていたので、生まれた時は既に年を取っていたという老賢者のヴァイナモイネンが主役。年甲斐もなく若い乙女に接近しては、いつも冷たくあしらわれてしまいます。でもカンテレの名演奏では、森羅万象を酔わせてしまうし、偉大な魔術師でもあって、いいお爺ちゃんなんですぅ。
準主役のうちの1人は、鍛冶屋のイルマリネン。腕のいい職人さんで、永遠の幸運をもたらすといわれる“サンポ”という道具を作り出すことに成功するんですが、それがもとで、後にポポヨラの魔女ロウヒと攻防戦を繰り広げることに。可哀そうなヴァイナモイネンに、自作のダッチワイフ(?)をプレゼントしようとする章があって、あそこは爆笑しちゃいましたねぇ^^
そしてもう1人は、漁師のレンミンカイネン。“死んでも治らない”を地でいく阿呆キャラです。無鉄砲で軽薄な男前野郎ってなもんで。 “起源を明らかにすることで魔力が弱まり道が開ける”というパターンが、物語の中に多用されているんですが、レンミンカイネンが語る蛇の起源は・・ほんとにあれでいいんでしょうかねぇ^^;
みんな憎めないのです。いい味出しまくりで。概ね心地よい可笑しみに包まれながら英雄譚が展開されていくのですが、勇者たちが求婚していたポポヨラの乙女の末路に関連して語られるクッレルヴォの破滅的な逸話が、ひときわ凄みを放っていて。この深い慟哭が滋味を生み、作品を引き締めているようにも感じられました。
そして、ヴァイナモイネンが舞台を去るラストは、こんなにコンパクトに纏められた物語なのにグッときてしまって・・ 胸を震わせていたわたし。
ヴァイナモイネンは今も、フィンランドを見守っていてくれてますね。きっと。。。


カレワラ物語 −フィンランドの国民叙事詩−
キルスティ マキネン
春風社 2005-05 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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世界の果てのビートルズ / ミカエル・ニエミ
[岩本正恵 訳] スウェーデンの最北、北極圏の小さな村パヤラで生まれ育った著者の、幼年期、少年期の日々を描いた半自伝的小説。 スウェーデンっていったら福祉国家とか、家具やインテリアの洗練されたイメージしかなかったんだけど、いい意味で、思いっきり裏切ってくれます^^
急激に豊かになり始めた60年代。 男女の役割がきちんと線引きされ、そこからはみ出すことを潔しとせず、一族の利権に繋がることが正義であると頑なに信じて揺るがない昔ながらの土着的な秩序と、未知なる世界を我武者羅に求める若さとが、届き始めた物質主義の波に煽られ、最果ての大自然の中で科学反応を起こしているかのような・・ 粗野でエネルギッシュでタフで泥臭くて、傷ましくも可笑しい傷だらけの青春小説。
森の端に浮かぶ夏の夜の太陽、オーロラが棚引く冬の夜空、春の川に融け出す氷の轟音、森と湿地と雪の大地、スキーや橇が自転車感覚だったり、ぶっ倒れるまで続けられる飲み比べやサウナの我慢比べ、殴り合いの連鎖、婚礼のテーブルを彩る郷土料理・・ 豪胆で偏屈なパヤラという土地と暮らしの息吹が、隅々から迸る感じ。
主人公のマッティ少年が、ビートルズの音楽に触れた時の、世界が変わってしまうほどの衝撃、お酒を覚え、女の子を知り、世の中がどんどん刺激に充ち満ちていく思春期の暴走が、ビビットにズンズンと響いてくるのが気持ちいい。 ヘッタクソなバンド演奏や、ネズミ退治のアルバイトや・・青春のおバカな話に笑い転げながら、なんだか無性に沁みるんだよなぁ〜。 痛いほどに愛おしく、きらきらと、胸の奥深くに郷愁が沁み渡る。

<余談>
物語の最初の方で、5歳くらいのマッティが「世界には果てがあるの?」と聞くと、お父さんが「中国だな」と答える場面があって、なんだか忘れられないのです。 もちろん正しくはないし、笑い話みたいなんだけれど、この答えを聞いてマッティはすごく安心するんですよね。 最初から果ての無い世界へ放り出すのではなく、子供が成長の中で世界を知りながら、自分で身の丈に合った大きさに膨らませていけたら・・ それってサウナの中で、思春期のマッティにお父さんが語った“大人になるための話”にも通じるような気がして、明らかに“教育的”ではないのだけれど、正しいとか正しくないじゃなくて、親からあなん風な言葉をもらって育ったマッティが、なんだか少し羨ましかったのです。


世界の果てのビートルズ
ミカエル ニエミ
新潮社 2006-01 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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