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月の部屋で会いましょう / レイ・ヴクサヴィッチ
[岸本佐知子・市田泉 訳] 現代奇想SFの書き手、ヴクサヴィッチの初邦訳作品集。 2001年刊行の第一短篇集で三十三の短篇と超短篇が収められています。 岸本佐知子さんセレクトの既刊アンソロジーで読んだ三作「僕らが天王星に着くころ」「セーター」「ささやき」が、どれも好きだったので、否応なく期待値が跳ね上がってましたが裏切られなかった。 凡打なし。 概ねポテンヒット級なのだが、その“ポテン”感に偏愛心を擽られ、作者の術中に落ちまくった。
価値観の隔絶がもたらす孤独や、理不尽に対する静かな叫びを、数奇な秩序が支配する空間の中で奔放にイメージ化して見せてくれる手並みの確かさ、そらとぼけた味で緊張の腰を折りつつも、笑いの影に戦慄を隠し持つ油断のなさ、ロマンとアイロニー(ときどきグロ)がダンスを踊るような叙情性、疑似科学や観念論的な理屈っぽさのちょっとしたアクセント・・ それら配分の調合が作家独特の個性を生んでいます。
皮膚が少しずつ宇宙服に変化していく奇病が蔓延してたり、手に被せた靴下が意志を持って動き出したり、乗り物と人間が一体化した種族が生息してたり、小さな相棒を肩から生やした異星人が向かいに住んでたり、人体内にナノピープルがコロニーを作ってたり・・ イマジネーションの陳列ケースのように、突拍子もなく出し抜けなシチュエーションがつるべ打ち状態で現出するんですが、次々気持ちをリセットし、手っ取り早く順応するのが勿体無くてガツガツ読めなかったです。
自分の一部が異物に乗っ取られてしまうモチーフの多さ。 その根底には個の連続性にかかわる問題が横たわっていたように感じました。 自己(或いは世界)の輪郭の不明瞭さは、認知のブレとなって他者との齟齬を際立たせずにおかない。 そこから生じる悲喜劇が主人公の心理衝動として刻々と記録されていくのですが、自分の中にもある看過できない一面を、拡大鏡を通して見せられているような、歪みのあるところへ刺さってくるような、キュッと胸が締め付けられるような、でも気づけばクスクス笑いがこぼれていて・・ 気持ちを絞りきれないざわざわ感覚に占拠された。
マイベストは「バンジョー抱えたビート族」だったかな。 苦い感動と切ない痛みにやられました。 人はわかり合えなくてもいたわり合えるという哀しい慰安に満ちた認識に、綺麗に昇華されていたと思う。 結文がふるってる作品が多いのだけど、本篇のいなし方は白眉。 結文的には、変なギア入っちゃう主人公がヤバ可愛い「ピンクの煙」もお気に入り。 「最高のプレゼント」の底無しの不毛さが怖くて哀しくて心を去らない。


月の部屋で会いましょう
レイ ヴクサヴィッチ
東京創元社 2014-07 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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セーラー服と黙示録 / 古野まほろ
有栖川有栖さんの一番弟子(笑)と聞いて気になってた作家さん。 初読みがコレでよかったのかは不明。 探偵士法が制定され、名探偵の法的地位が明確化されている1991年の日本帝国を舞台にしたパラレルものなんですが、既刊の各シリーズはフィールドを共有していて、なんらかの繋がりを持っているらしく、壮大なスケールの構想があるのかないのか・・ともかく今んとこ、この一冊について語ることしかできませんが。
教義の根幹を揺るがす最高機密の古文書、“マグタラのマリアの黙示録”の存在を、教会の存亡をかけて逆手利用しようと目論む教皇庁。 本末は転倒し、自ら背教色を強めていく魔性のローマ・カトリック教会が暗躍している世界です。 三河湾のラグーナに浮かぶ孤島に建てられた“聖アリスガワ女学校”は、その教皇庁が直轄するカトリック系ミッションスクールにして世界随一の探偵候補生学校。 果たして校長であるヴァチカン枢機卿の真の目的、“マグダラ計画”とは・・
堂に入った異端もの&キツめなラノベ臭。 この香ばしさを受け入れられれば面白く読めると思う。 ヘタウマっていうと語弊があるかもしれないけど、かなり“飛んでる”文章。 慣れてくると慣れる。
保秘のために殉教は致し方なかったと言うけど、なんで殺すことになってしまうのか、結局のところ、そこがよくわからなかった・・orz 教皇庁は“二匹の獣”と敵対していて、どうやら聖戦の様相を呈しているみたいだし、古野みづきが何を背負っているのか、受精卵からのメッセージって? 七つの聖遺物(あるいは悪魔の祭具)って? などなど、禍々しい真相の隠微な匂いを撒き散らしながらも、これ一冊だけでは読み解けないようになっているティザー告知感が憎いです。 畢竟、追ってしまいそうな予感;;
背景はそんなこんなですが、殆ど倒叙のような推理パートの本格度合いや座興のマニアックさが好きだし、かなり強引なメイントリックも、まぁ楽しめた。 “探偵学各論”の授業で、「悪魔の手毬唄」(ジ・オニコベヴィレッジ・マーダケイスw)の犯人はどの段階で看破されねばならなかったかの突っ込んだテキスト論が展開される辺りでグワシと掴まれた。 思索的探偵術の実践投入場面で、演繹、帰納、論理、それぞれの推理法を得意とする三班に分かれて、why、how、whoを分担する着眼が面白い。 探偵と探偵小説の守護聖女、アイリス・アルリスガウアーで吹いたw ロシア、スウェーデン、ブラジル(以下略)を股にかけて大活躍している臨床犯罪学の権威、水村英生とかね^^ 有栖川ファンのハート泥棒め♪ 途中の試験問題の模範解答編プリーズ。


セーラー服と黙示録
古野 まほろ
角川書店(角川グループパブリッシング) 2012-12 (単行本)
関連作品いろいろ

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狼少女たちの聖ルーシー寮 / カレン・ラッセル
[松田青子 訳] マイアミ生まれの米国人若手注目作家による初作品集。 宝石、おもちゃ、がらくた、ゴミ、残骸が一緒くたになった箱をひっくり返したみたいに奔放でクレイジーな夢想煌めく空間に、大人と子供の境目だけに与えられた特別な時間が封じ込められている感じ。 青田さんの“十個のスノードームを目の前に並べられたような気持ち”とは言い得ているなぁと思いました。
ワニ園、悪魔のゴーグル、子供用星座観察者の銀河ガイド、ボート墓場、睡眠矯正キャンプ、人工雪の宮殿、ウミガメの卵、ミノタウロス、貝殻の街、海に浮かぶ老人ホーム、海賊の子孫の少年合唱団、狼少女・・ 目に見えないものが目に見える影を投げかける場所、街は、さながらそれごとアミューズメント・パーク。 大抵みんな何かの幻に“取り憑かれて”いて、境界の向こうに感応しているのだけど、もしかするとそれは思春期流の“自分を魔法にかける能力”なのかもしれない。 でも、こうあって欲しいと願う理想型はぺしゃんこに押しつぶされ、ここぞというタイミングはいつも拍子抜けて、美しくない。
少年少女に対すてこういう突き放し方ができるのは、逆に若さの成せる技なのかもしれないと、ふと思った。 偽善に対してとても敏感になっている人の筆だと感じる。 奇跡も感動も起こらず、精神の飛翔もなく、地べたでもがき、無様に足掻いている姿を、変奏を織り成しながら繰り返し描いていく無慈悲色に、それでも読んでいて心が擦り減ることはあまりなかった。 ひりつく痛みだけは彼ら彼女らにとっての紛れもないリアルであり、人がどこかで経験する誰も教えてくれない大事な悲しさに触れるような感覚があって、何かとてつもなく眩しかった。 特に愛する人の絶対性が揺らぐ時の孤独が峻烈。
全体的にキッチュなメルヘンの趣きなんだけど、破天荒なシチュエーションは、現実に対する悪辣なパロディ、神経に障るグロテスクなジョークとしての側面を有し、この世に存在する事物を別様の光や影によって照らし出す、まさに魔術的写実の世界。 作家の小説観を端的に伝えるショーケースのようでした。 ポップな比喩表現の連打で物語をグイグイ牽引する文章の呼吸と、カラフルな発想の放射に、若い力の横溢を感じます。


狼少女たちの聖ルーシー寮
カレン ラッセル
河出書房新社 2014-07 (単行本)
関連作品いろいろ

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夜の底は柔らかな幻 / 恩田陸
日本の中にありながら日本の国家権力が及ばない“途鎖国”が存在しているパラレルワールド。 特殊な能力を持った“在色者”の聖地であり、重なり合わない世界が同時に存在し、見えないものが見え、未来と過去が交差する途鎖国。 お盆と似て非なる“闇月”を迎えた神秘の国で、禁足の地“フチ”を目指して山深い無法地帯に集う悪党どもの狂乱の祝祭が始まり、殺戮の嵐が吹き荒れる。
以下、ネタバレに当たるかもしれませんが、短篇集「図書室の海」に収録されていた「イサオ・オサリヴァンを捜して」の姉妹篇なのだそうで、理解不能な別次元の力を持つ生命体が、太古の昔から世界各国の“奥地”に棲息し、ひっそりと人類の進化に働きかけているという、コズミックホラー的な世界観を共有しているフィールド上の物語、の日本篇。 因みに「イサオ・オサリヴァンを捜して」は、構想を仄めかしておられた「グリーンスリーブス」(ベトナム篇か大穴でアイルランド篇? お蔵入りなのかな?)のバイロット篇でした。
途鎖犬、沈下橋、お遍路・・ 地理的にもですが、途鎖のモデルが土佐なのは明らか。 ただ、土佐固有の伝承や風習とどの程度までリンクしているのかいないのかは知識が乏しく感知できなかったので、むしろ「地獄の黙示録」をやりたかったという恩田さんの初志を、少しばかり心に留め置きながら読みました。 あるいは更にその元ネタの「闇の奥」。 ま、それのB級版といったイメージで。 単に “闇の奥”という言葉の響きに、物理的、心理的、観念的・・ いろんな意味の重層を読んでもいいかもしれない。
ぬるいヒロイズムと酷薄さが綯い交ぜされたガキっぽさや、歪なロマンスが発散するリリカルな色合いが、作りものめいた伝奇的世界と見事に調和していて、アニメやコミック風のライトな映えを見せる。 正直、途中まであまりの茶番臭にしらけモードだっんだけど、根源的な“闇”の香りを隠し持っていて侮れない趣きがあった。 ぷっ壊れた連中の嗜虐的でキャッチーなゼロサムゲームを逸脱し、徐々に底知れない暗黒が支配する理智の外側に足を踏み入れていく不気味さ、マッドサイエンス絡みのサスペンスアクションから超スケールのダークファンタジーへと変貌していく制御不能なストーリーのうねりに惹き込まれました。
悠久の時の底を流れる郷愁に縁取られ、限りなく極楽浄土に似た地獄と同化する即身成仏の夢想を湛えたラストシーンは、禍々しくも神々しい密度の濃い静寂に包まれて・・ 四国八十八箇所霊場の密教的側面をモチーフに、日本篇に相応しい異形の生命体像を捻出してくれたなぁーという感慨も深いです。


夜の底は柔らかな幻 上
恩田 陸
文藝春秋 2013-01 (単行本)
関連作品いろいろ

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遁走状態 / ブライアン・エヴンソン
[柴田元幸 訳] 世界を秩序づくる境界の危うさ、私という存在の不確かさの裂け目に嵌り込んでもがく等身大の人々をビビッドに描いた2009年発表の短編集、の全訳です。 ブライアン・エヴンソン・・微かに聞き覚えのある響きと思ったら「へべはジャリを殺す」の人だった・・orz どうだろう、気づいてたら手に取ってなかったかも。 作家という括りでバイアスをかけちゃいけないと反省。 恐る恐る読んでみたら、どうしよう、頗る好みだった。
イケナい領域へ誘う危険すぎる異端的ヴィジョン、自分の神経が鳴らす警報を聞く思いなのは変わらずだけど、19篇の短篇はまさにフーガのようで、自ずと楽想としての色調が表れてくるから、あの「へべはジャリを殺す」で味わったみたいな掴みどころのないヤバさへの拒否反応が起こらなかった。 あぁ、でもなまじ入っていけてしまう分、怖い・・ 柴田元幸さんの解説によると、初期の頃の暴力性が背後へ退き、最近の作品はストーリー性、寓話性が強まっているそうで、なるほど納得。
裏表紙の“醒めた悪夢”という言葉がぴったり。 自分もやはりポーを連想したなぁ。 バッドトリップのバージョンは確実にアップしてるけど、狂気の中の怜悧さが醸し出す緊張感、悶々とした切迫感に心乱され、取り憑かれそうな辺りが。 不気味さと痛みと苦い笑いのグロテスクなブレンドなのに得体の知れない純度を感じる。 ほとんど特殊な設定への説明がなされないままのストーリー。 どこかが組み替えられてしまったような、似て非なるもう一つの場所の出来事のようで、でも、特別感のなさが妙にリアル。
(あくまで常識サイドから見た時の)自我が崩壊した、しつつある人々、尋常でない精神状態に置かれた人々、過敏な人々、ちょっと変わった人々が見ている景色は、位相を変えたこの世界の景色なのだという真実、この世界というのは、自分に見えているものと他人に見えているものとが同じだと信仰することで成り立っているんだなぁと意識し、その頼りなさに不意を衝かれ動揺してしまう。
SFめく気配の中で繰り広げられる一人称の超絶ぶりに魂を抜かれそうだった表題作「遁走状態」が圧巻。 周囲と自己の双方に対する違和が錯綜し、周囲も自己も五感で知覚できる速さを遥かに超えて刻一刻と遁走していく物語は、例えが変かもしれないがキュビズム動画(?)でも見ているみたいな・・ 感じるべきではないものを感じている心地にさせられた。 でも悲しいほど切実なんだよなぁ。
「マダー・タング」が堪らなく好き。 滑稽を装いつつ泣かせやがって小面憎い。 こういうのに弱いのだわ。 「年下」と「テントのなかの姉妹」は表裏一体ではなかったろうかと、ふと思ってしまった。 妹を護るため、“ほんとうの世界が与えてくれるより、もっと生々しくもっと捉えがたいものがたくさんある世界”を許すものかと思い定め、ガラスのように透明になっていく姉の苦闘が沁みた。
コズミック・ホラーというのか、どこか叙事詩的な風合いを持つ「さまよう」や、精神分裂的な強迫観念が悪魔がかって赤裸々だった「第三の要素」や、生から死への移行を醜怪さと荘厳さの中に際立たせた「チロルのバウアー」や、大人が読むおとぎ話のように冷んやりと官能的でシュールな「見えない箱」や、ぱっくり空いた“哲学的パラドックス学”の円環の中に閉じ込められる「アルフォンス・カイラーズ」など、特に気に入った作品を挙げるにも迷うほど好み揃い。


遁走状態
ブライアン エヴンソン
新潮社 2014-02 (単行本)
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★★★★
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ノックス・マシン / 法月綸太郎
奇想SFの中短篇、四話収録されています。 メタ因子の隠れた役割りを意識させられるような複数次元的な物語ばかりです。 量子力学風のテンション全開なんでビビったけど、ちんぷんかんぷんなところは、適当にフンフン読むのが良かれと思います^^; 基本は黄金期探偵小説の薀蓄ものなので楽しかった。
ロナルド・ノックスとS・S・ヴァン・ダインが、推理小説を書く上でのルールとしてそれぞれ書き遺した“ノックスの十戒”と“ヴァン・ダインの二十則”。 これ、ヴァン・ダインの方は、パラノイアックなくらい燗を立てて、ノックスの方はニヤニヤしながら書いてそうな雰囲気が、箇条書きを読むだけて伝わってくるから面白い。
で、一話目の「ノックス・マシン」は、“ノックスの十戒”の中でも一際浮いている第五項、“中国人を登場させてはならない”に着目し、ノックスが何故この唐突で不自然な一項を盛り込んだのか、という謎に迫る文学史ミステリ。 オーソドックスな時間SFの趣向で捌いています。
最終話の「論理蒸発」はその続篇で、今度は、エラリー・クイーンが国名シリーズの中で「シャム双子の謎」にだけ“読者への挑戦状”を挿入しなかった理由を解明しますが、これはもうバカSF級。 クッソむずい論理に喩えて導かれる遠大なナンセンスの境地。
でもアレです。 こんな未来は文字文化にとってディストピアだわー。 本の電子化にさしたる抵抗はないけど、人間よりどんなに巧くてもコンピュータ文学なんていらねー。 下手でも人間の書いたものが読みたいもの。 って発想がそもそも既存の価値観に縛られてるのかしら;; 自分がこの未来にいたらアレクサンドリア・カルテットに加担してそう。 いや、こっそり応援するくらいだろうけど、せいぜい。
三話目の「バベルの牢獄」だけ、古典ミステリ秘話から離れた作品。 一番ロジカル指向だったかな・・ わからないなりにわかる気がするところとか、初期の円城塔さん読んでるみたいだった。 超訳すると、紙媒体の書物と日本語へのオマージュって感じで、ラストの甘酸っぱい微かな郷愁と清々しさが秀逸です。
一番好きだったのが二話目の「引き立て役倶楽部の陰謀」。 唯一、未来ではなく過去、過去と言ってもヴァーチャル過去の話で、黄金期の探偵君子を支えた助手たちが集まって、クリスティ論を闘わせるというマニア垂涎の楽屋ネタもの。 クリスティ失踪事件の真相秘話でもあり、「カーテン」の誕生秘話でもあり、「アクロイド殺し」のパロディにもなってた・・よね? 二割程度もついていけたと思ってないけど、それでも面白いのだから驚異。 殺人事件のオチ(?)がなんたる至芸! 最後のタウンゼントとバンターの遣り取りが叙述トリックの技法への目配せになってるという。 それと登場人物たちを、あくまで「クリスティから見た」属性として依怙贔屓的に歪めて描いている分析力が素晴らしく、「クリスティの未発表原稿」という体裁を強かに裏打ちしています。 拍手!


ノックス・マシン
法月 綸太郎
角川書店(角川グループパブリッシング) 2013-03 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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古い腕時計 / 蘇部健一
[副題:きのう逢えたら...] あの瞬間に時間を巻き戻すことがてきたら・・ そんな夢のような願いを叶えてくれる、この世に6つしか存在しない古い腕時計。 縁あってその持ち主となった主人公たち7人が、後悔の昨日をやり直す7篇の連作短篇集。 なんで7人?ってところが一応ポイント。
やり直したところで機会を生かせなかったり、想定外の状況が出来したりと、そう願望通りにはいかない各短篇を、バタフライ・エフェクト&人間万事塞翁が馬風に長篇としてグッドエンドに持っていくという趣向が魅力的なんだけど、その手腕がやや腰砕けちゃってるのは否めないかなぁ。 各短篇が時系列パズルになっているのは凄く面白かったけど・・
蘇部さんはミステリ書きなので、長篇としてピースがカチッと音を立てるような構成の妙を期待して読んだので、1と7、2と4と6、3と5の断片的な連携だけでは食い足りない(それとも隠された繋がりを見落としてる?!)。
“まちがった時間は、正さなければなりません”という古時計の意志の支配をもっともっと感じたかったというか、全ての話の歯車を絡み合わせて一つの確固たる奇跡に収斂させて欲しかったのよー。 求め過ぎ?
でもまぁ、狙い澄ましたように後悔の典型シチュエーションから展開する切な系ベタストーリーが陳列されていて、ここまでくるといっそ爽快な眺めというものです^^ 白いチューリップのぼかし方がキレイだった一話目の「片想いの結末」をベスト短篇に推したい。
この世の不条理の核心に存在する取り返しのつかなさの原理など何処吹く風の“禁断のIF物語”って、それだけでワクワクしてしまいます。 この分野に拘りを持っておられるご様子の蘇部さん。 個人的には泣ける!よりもゴミカスクズバカゲス路線で高みを目指して欲しい・・


古い腕時計 −きのう逢えたら...−
蘇部 健一
徳間書店 2013-10 (文庫)
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Self‐Reference ENGINE / 円城塔
全ての可能な文字列。全ての本はその中に含まれている。
しかしとても残念なことながら、あなたの望む本がその中に見つかるという保証は全くのところ存在しない。これがあなたの望んだ本です、という活字の並びは存在しうる。今こうして存在しているように。そして勿論、それはあなたの望んだ本ではない。
処女作の冒頭の文章として、カッコいくて痺れる。 勝手に決意表明に違いないと妄想している。 それでも書くぞ!という。 これ、“文字列”“活字の並び”を“数式”に、“本”を“宇宙”“真理”に(逆の方がいいかも?)置き換えたら、理論物理学者たちの声まで被さって聞こえてくる気がして胸熱・・
“イベント”が起こり、時間が壊れて無数の宇宙に分裂してしまった、その様々な宇宙の様々な時間を過ごす人間と巨大知性体たちの話が連作短篇としてランダムに綴られている・・と考えたらいいでしょうか。 独立した短篇として非常に際立ちつつ、そして、当然ながら因果律も機能せず、流れというものがない世界の話なので、長篇としての一般的な体裁もあってないようなものなのに、でも不思議と長篇なんです・・やっぱり。
知識と夢想力の調和が素晴らしいSF。 サイエンスの尻尾をスペキュラティヴの頭が咥えているような・・と言ったら円城さんは気を悪くするかな。 小説の目指していたものは円環ではなく、あくまでも階層だったような気がしたので。 外側にはその外側があり、内側にはその内側があり・・というように。 閉じてないというか。 無限を諦めてないというか。
砕ける以前の時空を取り戻すための戦いはとても不毛に映るんだけど、これを不毛と言ってしまったら身も蓋もないんだよね・・ 未来も過去もぐちゃくちゃな中でさえ、“前に”進もうとする意志は美しくて尊くて、刹那と呼ぶに相応しいキラキラした輝きを放っていてキュンとなる。
ごく当たり前に考えて、人間が宇宙の構成要素の一部である以上、全体である宇宙を繙けないのは自明(だと思うの)だけど、真理を追い求め続けずにはいられない限りある存在へのオマージュというか、限りある知性への賛歌、応援歌だったようにも思えたんです。 そこには詩情とさえいえるほどのロマンが溢れていて・・愛おしかった。 でも、どうだろう。 それら全てを鳥瞰するような冷ややかさも紛れていたのだろうか・・と、ほら。 階層構造にすっかり感化されてる^^;
全体としては、自己言及のパラドックスものを壮大無比にやらかした思考実験風で、イカレ具合はちょっとバカSF的でもあり、理屈っぽいところなどは本格ミステリに通ずる何かを感じるし、やばいくらい好みでした。 惚れました。 入れ子式に思考が入り組んでいて、真理の反転が続々と起こったり、普遍的な相同性をみせたり・・ その揺さぶりの激しさに攪乱されて悪酔いしそうなのが快感です。
アイデアが、イマジネーションが、なんかもう、使い捨てレベルで惜しげもなく注ぎ込まれている細部がまた楽しくて楽しくて。 律儀にふざけている感じはなんなのこれw 特にディスコミュニケーションが誘発する低体温なユーモアのセンスにドツボり。 まだちょっと荒削りな初々しさも堪らんかった。

<後日付記>
フィリップ・K・ディック賞特別賞おめでとうございます! 巨大亭八丁堀のセンスはわかってもらえないんだろうなぁ。 そこが残念で仕方ない。


Self‐Reference ENGINE
円城 塔
早川書房 2010-02-10 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★★★
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エステルハージ博士の事件簿 / アヴラム・デイヴィッドスン
[池央耿 訳] 19世紀の東欧で、南スラブの一帯を治めていたかもしれない“スキタイ=パンノニア=トランスバルカニア三重帝国”という“非歴史上の”多民族国家が舞台。 20世紀初頭、最後の威厳を瞬かせながら光と影の劇を繰り広げる落日の帝国。 その刹那と無窮の中に幽閉されたような心地がして、倦怠と仄暗い興奮が淀んだ甘苦しいノスタルジアに惑溺しました。
古代、中世、近代へと地層を積み重ねたヨーロッパの由緒ある土壌の上に構築された壮大なホラにして、煌びやかな幻視力の結晶です。 まことしやかに語られる薀蓄の数々。 もし、本当の歴史や地理や文化に明るかったら虚実の皮膜で遊ぶ楽しさは如何ばかりか・・と悩ましくもありましたが、それを言っても詮無いので、解説の殊能将之さんの言葉を有難く真に受けて、殆どまっさらな気持ちで読みました^^; まるでそこに暮らし、空気を吸っていたかのように枝葉末節まで入念に練り上げられた与太。 話の筋がどんなに違っていようと、伝説は伝説で生きている・・そんな飄然たる風格を感じさせる物語の中で、架空の帝国が鮮烈に拍動しています。
バルカン半島中央部に位置する三重帝国は、北をオーストリア=ハンガリー二重帝国やら、西をセルビアやら、東をルーマニアやら、南をオスマン・トルコやらに囲まれて、まるで史実と虚構の地平が透明なトンネルで繋がっているかのよう。 実際に、ドナウ河のトポスとして帝国内を“イステル河”が流れていたりする。 小国家の複合体である帝国は、人種や民族はもとより、言語や文字、宗教・宗派、風俗・風習、伝承や迷信の類いまで、多種多様で猥雑な彩りを醸し、しかも時は世紀の変わり目、文明によって魔法が解かれる前夜の旧世界で、理知と神秘が綾を成してせめぎ合っているのだから、こんな蠱惑的な舞台はまたとないかもしれないと思ってしまう。
で、そんなユートピアを闊歩するのが、帝都ベラのタークリング街33番地に私邸を構えるエンゲルベルト・エステルハージ。 七つの学位と十六通りの称号を持つ、医学博士、法学博士、理学博士、文学博士・・その他もろもろなんでも博士という、(ちょっと眉唾な)希代の博物学者が活躍するのにこの上相応しい環境がありましょうか。 魔術師や錬金術師、フリーメイソン、見世物小屋、人魚伝説や古宝石伝説・・と目もあやな怪事件に遭遇する博士の“事件簿”ではありますが、解決という常套を軽やかに飛び越えて、怪奇、SF、喜劇、探偵小説・・と、ジャンルを横断する変幻華麗さが魅力。
エステルハージ博士は、形骸化してなお、民間信仰のように土地に浸潤している古めかしい因習も、それが災いを招くことなく、民の心の安寧に貢献するのであればなんの問題もないではないかといったスタンスで、なんていうのか、実益を見極める淡白な柔軟さのある人物。 科学からも神秘からも一定の距離にあるような、間違っても啓蒙家といったイメージではありません。 そんな博士によって見届けられる真相は、原因や結果を無理やり集約しようとしない余白に溢れていて、そんな余白こそがこの物語の世界観を律しているように思えるのです。
ペダン過ぎて晦渋でありながら、でも、それでいて、ざっくばらんな親しみがある。 完全には空気を読めなくても、悪戯っ気のある醒めたユーモアを煙幕にしたかさついた余韻が心地よかったり。 そして、ラストに押し寄せる無常観。 憂色を帯びた幻影のような光景に、予期せぬ感傷がこみ上げて亡国のロマンに身を焦がしました。
解説されていた通り、南スラブを束ねたこの架空の帝国は、第一次世界大戦前にスライドさせたユーゴスラビアと捉えることも可能ですし、むしろそれが自然と行き着く連想なのではないでしょうか。 因みにこれ、1975年の作品なんですよね。 幻視というより霊視なんじゃないの?って感覚に俄かに揺さぶられてしまいます。 何か降りて来た感が半端なくて。 大恐慌を暗示した「グレート・ギャッツビー」を彷彿とさせる鳥肌がゾクリ。


エステルハージ博士の事件簿
アヴラム デイヴィッドスン
河出書房新社 2010-11 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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大きな森の小さな密室 / 小林泰三
クセモノな探偵たちが様々なバリエーションの事件を解決するイロモノ系ミステリ連作集。 あー、これはファンへのご褒美作品ね。 過去作に登場した濃いキャラが探偵役で再登場スペシャルみたいな。 小林泰三さんはアンソロで1〜2作読んだ程度の身なもので;; 過去のエピソードを肴にしたニヤリポイントらしき小ネタが感知されるも反応できない寂しさはありましたが、そんなことは捨て置きたくなるくらいギミックが蠱惑的。
まず、この短篇集の面白味は、犯人当て、倒叙、安楽椅子、バカミス、日常の謎・・など7つのお題にそって7つの短篇を揃えたところにあります。 企画萌え性分としてはホイホイされずにいられない趣向の魅力に加え、なんていったらいいんだろう、リアルを異化した空間そのものが作家の作品みたいな。 インスタレーションアートでも眺めているような感覚が味わえて楽しかったです。 物語世界と読者の距離を保持する作風なので、全体的にメタっぽいクールさが漂います。 ノヴェルとしての肉付けを削ぎ落とし、小咄や寓話めいたスマートな骨組み上で、ツイストの効いた小気味よさを際立たせているのも特徴的。
練りに練ったトリックというのではなくて、周囲をなぎ倒していくような強引なロジックが映える空間演出とストーリーのブラックさ・・ もうね、論理というよりハイパー論理^^; これをやりたいんだなっていうメリハリが圧巻です。 マッドサイエンティストやら殺人犯やら、どいつもこいつも作法と品行と然るべき感情が欠如した探偵揃い。 偽悪的な面々が、傍迷惑な論理で絡んできた時の、ちょっとしたズレが発電する皮肉な笑いは独壇場ですね。
ホームズをデフォルメしたようなΣがお気に入りです^^ 「更新世の殺人」のバカさ加減が大好きw あと、思考回路がスパークしちゃっいましたが「正直者の逆説」も好み。 人で無し的には誰が最強だろう・・ 礼都かな? Σかな? 丸鋸先生かな? などと秤に掛けつつ読んでいたんですが、最後、ジジイの悪趣味に持ってかれたー。 「路上に放置されたパン屑の研究」の徳さん・・優勝ですw コメディと狂気が綯交った奇態な光景や、読むうちにどんどん快感になってくる毒気がちょっとヤバい作家さん・・ うぅーむ、癖になりそう。


大きな森の小さな密室
小林 泰三
東京創元社 2011-10 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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