パウリーナの思い出に / アドルフォ・ビオイ=カサーレス
[高岡麻衣・野村竜仁 訳] アルゼンチン幻想文学を代表する作家の一人、ビオイ=カサーレスの日本独自編纂となる短篇作品集。 長篇「モレルの発明」で名高いけど、短篇の名手としても知られる作家で、本編は(最初期を除く)初期から中期にかけてのベスト・セレクション。 意外にも本邦初の短篇集なんですね。 無限的で夢幻的。物や場に宿る精神性、自己同一性を脅かす幻影、写像、転生、予示、顕現、運命の輪、永劫回帰・・ ボルヘスが装置としての幾何学的、形而上学的な幻想性そのものを極限まで洗練させようとするのに対して、ビオイ=カサーレスは装置を媒介に人間の内面を探究することに軸足を置いていると解説されていた通り、精緻でエレガントでひんやりとした雰囲気の中にも、抑制された抒情が満遍なく漂っている感じ。 意識の根底を揺さぶるような観念世界に有無を言わさず読者を叩き込むというタイプではなく、慣れ親しんた既成の秩序の失調に伴う人々の情感の揺らぎを読者が共有できるといった印象が際立ち、同一情景が孕む多面性も含めて、それはどこか多様な広がりを見せる混沌とした現実世界に生きることの逡巡を捉えた反射光のようでもあり、そこはかとない哀愁やロマンを掻き立てます。 “理屈”が排除されていないので難解さは影を潜め、ジャンル小説のように取っつき易いのも特徴的かも。
既読の「パウリーナの思い出に」は、やはり良いなぁ。 実体と影をめぐる物語ですがラストの捻りが白眉。 何度読んでも衝撃的でゾクッとする。 コスミックな世界観を攪拌してくれる「大空の陰謀」は、多重世界を扱うSF風の作品ですが、めくるめく風雅な味付けが実に好みだし、信用ならざる語り手調の「雪の偽証」は、「眠りの森の美女」の逆バージョンみたいな御伽話的素地が良いんだよねぇ。 どちらにも計算され構築された“真相解明”や“反転”の面白さがあって、「パウリーナの思い出に」を彷彿させる推理小説的な展開力を堪能しました。
極限の地で繰り広げられる世界の終末を描いた「大熾天使」のシュールな滑稽劇的一面や、ジャングルに囲まれた巨大な貧民街での蜃気楼のような邂逅を描いた「影の下」の魔所的異国情緒も良かった。どちらも時空の超越感がとびきりロマンチックで、一二を争うセンチメンタリズムを湛えた作品だったと思う。 バッカス神を祀った祭壇のあるホテルでのとある一日を描いた「愛のからくり」における日常からの劇的な逸脱と回帰、古詩に歌われた迷信が時代を超え引き継がれる「偶像」の破滅性も美味。
あらためて思い返せば、ブルターニュ、カルタゴ、古代ギリシャ、アフリカといった禍福に彩られたグラマラスな文化的パワースポットの磁力が、行動の秘かな動機を司る運命の象徴として作用したり、“異なる時空が繋がる、別の時空を見る”といった事象に関与したり・・ そんなメインモチーフの馥郁たる匂いを存分に嗅いだ心地。


パウリーナの思い出に
アドルフォ ビオイ=カサーレス
国書刊行会 2013-05 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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