残酷な王と悲しみの王妃 / 中野京子
十六世紀前半から十八世紀前半ごろまでのヨーロッパ各国の王族をめぐる“怖い世界史”といった趣きのエッセイで、メアリー・スチュアート、マルガリータ・テレサ、イワン雷帝とその七人の妃、ゾフィア・ドロテア、ヘンリー八世とアン・ブーリンが辿った人生や、運命の分岐点を軸に五つのエピソードが紐解かれています。
幽閉され、首を刎ねられ、毒を盛られ、嬲られ、相次ぐ出産で非業の死を遂げる王妃たちと、非情な、獰猛な、無能な王たち・・ 読む前から想像される残酷さや容赦のなさが生々しく息づいていましたし、関連絵画(特に多くの肖像画)や家系図が掲載されているのでイメージが湧きやすく、ドラマチックだけど分析的な中野京子テイストの安定感を堪能しました。
大雑把に言ってヘンリー八世とカール五世とフランソワ一世が同時代な感じなのだね。 アン・ブーリンはここ。 で、一世代下って、エリザベス一世とフェリペ二世とカトリーヌ・ド・メディシスとイワン雷帝(織田信長も)がだいたい一緒。 メアリー・スチュアートと雷帝の妃たちはここ。 で、更に3〜4世代下ってレオポルト一世とルイ十四世が同時代。 ちょい後でジョージ一世もまぁ同時代。 マルガリータ・テレサとゾフィア・ドロテアはこの辺り。
蜘蛛の巣のように張り巡らされたヨーロッパ王室の婚姻線には今更ながら眩暈を覚えます。 メアリー・スチュアートの父の従姉妹がエリザベス一世、そのエリザベス一世の両親がヘンリー八世とアン・ブーリン。 メアリー・スチュアートの息子ジェームズ一世の孫がハノーヴァー選帝侯に嫁いだゾフィで、その息子ジョージ一世の妃がゾフィア・ドロテア(この二人の孫がフリードリヒ大王だったりする)。 ちなみにマルガリータ・テレサが嫁いだ神聖ローマ皇帝レオポルト一世が3度目の結婚で得た息子カール六世はマリア・テレジアの父(マリー・アントワネットの祖父)、マルガリータ・テレサの異母姉がルイ十四世妃のマリー・テレーズ・・と、登場人物たちは各章をまたいで網の目の一端を否応なくチラつかせています。
メアリー・スチュアートとアン・ブーリンのエピソードは幾分既知だったというのもあって、一番印象に残ったのはマルガリータ・テレサでした。 「ラス・メニーナス」への思い入れが強いせいもあるかも。 ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」は、ルーヴル美術館のマルガリータ・テレサ像にインスパイアされて生まれた作品だったんですね。
王族の結婚は外交上の重要な切り札であり、格の問題、宗派の問題・・と、婚姻関係を結べる相手が極めて限られていたため、ヨーロッパの王族全般に血族結婚が蔓延していたようなのだけど、その影響が最も顕著だったのがスペイン・ハプスブルク家・・であることは、以前中野京子さんに教えていただいたのだ。 ベラスケスの「ラス・メニーナス」を眺めていると、王朝の暗い予兆、昔日の栄華が幼少期のマルガリータ・テレサの愛くるしい顔に刻印されているような気持ちが湧いてきて、ざわざわとした感情が胸に迫るようになってしまった。 伯父と姪の結婚で生まれ、自身も叔父に嫁ぎ、血を濃縮させる連鎖に余儀なく組み込まれ、二十一歳で4度身ごもり一女を残すも、王子を産んで王朝を繋ぐ王妃の使命を果たせず力尽き、4度目のお産で命を落とした儚いマルガリータ・テレサ。 それでも当たりくじといっていいレオポルト一世との結婚生活は決して不幸なものではなかったのではないかと想像されもする。 彼女の心の声は何も残っていないのに、史料が明かす無機的な味気なさの奥に眠るとてつもない感触を一気に引き寄せてしまう絵の力を思わずにいられない。 バッカス的饗宴が繰り広げられたという結婚披露宴で、芝居の衣装を身に纏って微笑むマルガリータ・テレサとレオポルト一世を描いたヤン・トーマスの夢のように煙る絵が胸に残った。
ルネサンスも宗教改革も直接には影響しなかった“非ヨーロッパ的田舎国”だったというイワン雷帝時代のロシアは、五つの章の中で唯一孤立している感があります。 おかげでヨーロッパ的な血族結婚の闇は免れているのだけれど、廷臣の娘を娶るという手段を取るしかなかったため、王妃の座をめぐって貴族間の熾烈な争いが起こり、宮廷の其処此処で奸計がめぐらされ、王は次々に妃を失い、自らの命をも絶えず内側から脅かされる緊張状態に身を晒していたという。 神経のどこかを麻痺させなければ生きていけなかった事様が生んだ怪物であるかのような原初的な絶対君主の姿は、身の毛もよだつと同時に哀れを誘うものがありました。
イワン雷帝はエリベス一世に良さげな嫁いたらくれませんかね的な手紙を送りつけて盛んにアピってたみたいなのだけど、いいようにあしらわれっぱなしだったらしいw そんなイングランドもヨーロッパの中では辺境の後進国で、フランスの洗練された宮廷文化には憧れと嫉妬の相半ばする根強いコンプレックスを抱いていたのだから複雑だ。 短い間ではあったけどフランス王妃だったことのあるメアリー・スチュアートの華麗で優雅な身のこなしにエリザベス一世が燃やした対抗心や、フランスの宮廷に仕えたアン・ブーリンのエスプリに富んだ社交遊戯の手練手管に夢中になったヘンリー八世には共通項が見出せそうです。
妃のゾフィア・ドロテアを北ドイツの古城に通算三十二年間幽閉したジョージ一世は、実にイングランド歴代国王の中でダントツの嫌われ者らしい。 ヘンリー八世やイワン雷帝のような過渡期、黎明期の暴君的荒々しさではなく、地味〜にクズっぷりが最強なのだ。 面白いのはこの時期、優秀な首相ウォルポールがやる気のない王に代わって国を統治し、“ウォルポールの平和”と讃えられた長期安定政権を実現させていること。 皮肉にもイングランドの立憲君主制が確固たるものとなった時代なのだから歴史って面白い。


残酷な王と悲しみの王妃
中野 京子
集英社 2013-10 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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