血染めのエッグ・コージイ事件 / ジェームズ・アンダースン
[宇野利泰 訳] 欧米における“ネオ本格”の潮流に乗って1975年に上梓され、脚光を浴びた作品。 本格ミステリ黄金期の1930年代英国を舞台にした時代ミステリです。 長い熟成を経て、黄金期の本格ミステリが古臭い遺物からビンテージへと変容した時期の機運を端的に体現しているかのようなシンボリックな作品と言えるかもしれません。
舞台となるのは第二次大戦前のヒトラー台頭期。 人里離れた貴族のゲストハウスが密かな国際外交の場として利用され、華やかなパーティーに紛れて密談が交わされた・・という、当時の事情を彷彿とさせる(?)設定が採用され、バーフォード卿が所有する田園地帯の閑寂として壮麗な荘園屋敷“オールダリー荘”には、中欧のとある公国の特使、イギリス政府の閣僚、銃マニアのアメリカ人大富豪、海軍を退官した物書き、放蕩貴族の青年、フランスの麗しい男爵夫人、没落貴族の娘・・といった多様な顔ぶれが集い、そぞろに社交風景が展開されます。 そしてついに嵐の晩、失踪事件、盗難事件とともに登場人物一同が容疑者となる殺人事件が起こり、名探偵が登場し、混迷を極める事態を収拾し、みなを集めて真犯人を指摘します。 そんな王道中の王道パターンを斜に構えることなく愛情たっぷりに真正面からやってのけた清々しさ溢れる快作なのです。
雷鳴轟く真っ暗なお屋敷の中、滞在者がそれぞれの思惑で右往左往する状況は、まるで歌舞伎の“だんまり”を連想したくなるような外連味を有していて楽しいったらない。 深夜に勃発したこのスラップスティック劇さながらのもつれたコンテクストの、その糸を一本一本取り外すように、客人たちの中に潜り込んだ国家の諜報局員、フリーランスのスパイ、天下の宝石泥棒など怪しげな輩を、誰が誰やら的などんでん返しの連続で暴いていき、殺人犯という最後の一本の糸を手繰り寄せる怒涛の終盤はまさに技巧の醍醐味でした。
銃器室に飾られたロマノフ王家ゆかりの高価な拳銃、中世の伝奇物語張りの秘密通路、キッチンの食器棚の引き出しに一揃い仕舞われたエッグ・コージイ(茹で卵覆い)、食卓につくのは不吉な十三人、忠実な老執事、名刺を置いていく怪盗の出没・・ 古雅なお屋敷内の大振りな舞台美術も然ることながら、地元の刑事ウィルキンズという探偵役の、まるでポアロの模造品といった風態にニヤッとなります。 しかも中身はというと、自信の無さを自認する冴えないキャラの真逆タイプw “最近のイギリスの上流階級では、この種の事件が何百と発生している”なんて言及があったりするし、現実というよりも本格ミステリ・ワンダーランドの出来事なんじゃないかな的な・・ 隠れメタな興趣をそこはかとなく滲ませてもいたり。 バカミス認定の物理トリックがまたファンタスティック!
総じて登場人物は薄味なキャラ設定(与えられた役割に準じているというべきか・・)なのが特徴的で、ロマンスや復讐や陰謀や欲心など盛り込まれたドラマはウィットとして処理され、深刻さは皆無。 それらは推理小説の構図として練られた道具立てに過ぎません。 あくまでも推論を確証させていく道程を楽しみ、旺盛な遊び心を愛でるためのスマートでお洒落な夢のようなミステリなのです。 それでもヒロイン女性の逞しさがふとした印象とて淡く胸に残る読後感。
小山正氏による巻末解説の、“カントリーハウス・マーダー・ミステリ”を主軸に置いた本格ミステリ史概説がちょっとした保存版です。 本格ミステリ黄金期の1920年代から30年代頃には、カントリーハウスものが陸続と生み出されたそうですが、同時代を舞台にしていても必ずしも世相を反映していたわけではなく、凡そ十九世紀のカントリーハウス全盛期への郷愁に彩られていたのですねぇ。 その時点で既に。 わかっていそうでわかってなかった気がする。 黄金期ミステリの味わい方がまた少し広がった気分。


血染めのエッグ・コージイ事件
ジェームズ アンダースン
扶桑社 2006-09 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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