敬虔な幼子 / エドワード・ゴーリー
[柴田元幸 訳] 3歳にして人の罪深さと神の慈愛を知ったヘンリー・クランプ坊やが、善行を重ね、信仰に励み、4歳で神の御許に召されるまでの物語。
“幼な子の敬虔な魂の昇天”というヴィクトリア朝様式のお涙物語モチーフをパロ・・ってないんだなこれが。 いや、パロってないと見せかけて大いにパロってる(かもしれない)摩訶不思議さにやられました。 クオリティ高っ! 一回目、サラッと読んじゃって、あれ? なに? みたいな肩すかし感にビビったのだけど、何度も読み返していると、素かネタか、ギリギリラインの揺さぶりがジワジワ来る。
確かに慇懃無礼な誇張法が若干用いられてはいるのだけど、ほとんどヴィクトリア朝時代の価値観の常道をそのまま引き写しているだけと言ってしまえばそれまでなのだ。 しかし、どうにもこうにもある種不敬な雑然とした感慨が滑り込んでくる。 そこはやはり時代感覚の隔絶であり、メタ目線で突っ込み読みせずにはいられないからなのだよね。 皮肉的な苦さや滑稽味、サイコ的な恐怖、ヒューマニズム的な反発・・ エントロピー増大の法則? もはやこの物語を素直に読む心は取り戻せないのだ。
当時の作家が書いたのであれば、背景事情に想いを馳せ、価値観を踏まえ、心情に寄り添おうとする読み方ができるわけだが、四角四面のヴィクトリア朝なりきり物語を現代作家がしれっと書くって発想が前代未聞で、ここに妙ちくりんなアナクロニズムが生じ、身に覚えのないグロテスクな読み心地が誘発される。 いやぁ〜、こんな本・・ないわぁ。
因みに本書、最初の500部限定版刊行時には、レジーラ・ダウディ(Regera Dowdy)名義だったんだって。 ゴーリーは他にもオグドレッド・ウィアリー(Ogdred Weary)、D・オードリー=ゴア(D.Awdrey-Gore)といった別名を用いることもあったらしい。 ぜんぶエドワード・ゴーリー(Edward Gorey)のアナグラムなのだ^^
最終ページ、ヘンリー・クランプ坊やの白い鴎型のお墓の隣りにちゃっかりこんとE.G.の墓標がww


敬虔な幼子
エドワード ゴーリー
河出書房新社 2002-09 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★★

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