グリム童話より怖い マザーグースって残酷 / 藤野紀男
残酷童話ブームの継承本で、マザーグースの特色としてしばしば言及される“残酷さ”にスポットを当て、その一面的な闇の世界を案内する知的エッセイ。 興味を持てる刺激的なところをさらっと掬った入門編という趣き。 自分はビギナーなので得るものが多かったですが、もっと幅広く収められていたり、もっと奥深く考察されている本への、更なるステップアップのための足掛かりに適してるかなと思います。 マザーグース関連の原書から味のあるイラストが数多く採られているのが嬉しい。
聖書、シェークスピアと並んで引用の宝庫といわれるマザーグース。 “唄”は生きた伝達手段であり、その担い手の主体が子供であったため、体裁よく整えようとする大人の手を免れ、童話以上に豊かな残酷性や支離滅裂さを残したまま伝承されたという経緯があったようです。 民俗的な風土を培う伝説や史実の水脈が、他愛なげな唄の底に静かに流れ、人の本性や社会の実相を痛切に射抜いていたりするからドキッとしますね。 詩独特の短いセンテンスが持つストレートな力強さや単純さ、意味を超越しどこまでもナンセンスにシュールに謎めく抽象性は、改めて接してみてやはり魅惑的でした。
何度も壊れ何度も架け替えられた歴史の裏に密かに囁かれてきた人柱伝説が「ロンドン橋落ちた」には暗示的に唄い込まれているとする解釈(これは割と有名?)や、「リング・リング・ローゼィーズ」にはペストの惨状が織り込まれているとする根強い風説や・・ いかようにも人の心を捉えてしまう稀有なイメージの源泉でもあるのだよねぇ。 可愛らしさから一転するラストの唐突さにゾワッとさせられる「オレンジとレモン」はお気に入りなのだけど、見せ物として公開されていた斬首刑の、その執行の合図が鐘の音であり、借金を返せないほどの罪で死刑にされかねなかった時代の不条理感が滲んでいるのかもしれないと、想像を掻き立てられてしまいます。
そうは言っても、中には忘れ去りたいに違いない奇習、蛮習の類いをあっけらかんと披露しちゃってる唄なんかもあるわけで、後々になって大人が意図的に詩句を変えようとしたであろうヴァージョンが混在してるのも宜なるかな。 二十世紀初めごろまで黙認するかたちで継続されていたという“妻売り”に言及する唄の詩句が、“妻を買いに”から“妻を貰いに”にトーンダウンしてたり、犬の動物裁判に言及する唄の詩句が、“絞首刑”から“鞭打ち刑”に減刑されてたり^^
“私”目線が不気味で印象深い「おかあさんが私を殺した」は、グリムの「ねずの木の話」をはじめ、イギリスの民話にも類型的モチーフ(私を母親が殺し、父親が食べ、兄弟姉妹が骨を拾ったり埋めたりする話型)が散見されるらしく、似た詩句が徐々にまとまって独立し、マザーグースに加えられたと考えられているそうです。 「フェヒ ホ フン」も「ジャックと豆の木」や「巨人退治のジャック」に出てくる類型フレーズを抽出したイギリス民話出身の食人モチーフの唄。
曜日唄の「イズリントンのトムさん」は、妻を亡くして悲しむバージョンと、妻を亡くして喜ぶバージョンと、妻を殺して喜ぶバージョンと、いろんなバリエーションがあって面白いのだけど、最後には絞首刑にされてしまう続編(後日談?)のような更なる曜日唄があるのも面白い。
宴席での余興(切ったパイの中から小鳥が飛び出すというパフォーマンス)のために、その昔、生きた小鳥を封じ込めたパイが作られていたらしきことが想像される「六ペンスの唄」は、パイが出てくる唄の中でもっとも親しまれているという。 実在するレシピとか眉唾なんだけど本当なのかなぁ? おそらく大概の場合、得てして焼き上げてからこっそり入れてたとみたよ^^; スコットランド民話の「小鳥の話」には、母親が小さな娘を殺し、パイの中に入れて焼き、父親に食べさせる場面があるらしく、スウィーニー・トッド伝説にも連なるパイの中に焼き込む系の話型の一種であると同時に「おかあさんが私を殺した」型のヴァリエーションっぽくもあるね。
天上の清らかさではなくて地上の穢れをサバサバと唄っている凄みがあって、その明け透けな無邪気さが怖い「骨と皮ばかりの女がいた」や、自分の死体の整理整頓もできないのかとバラバラ死体にダメ出ししてる扱いぶりが妙に笑ってしまう「だらしない男がいた」や、実際の事件との絡みではリジー・ボーデンやガイ・フォークス・デーの唄などもざっくばらんに紐解かれています。 人気ベストテンの常連らしい「ジャックとジル」は、石切り場の丘で逢い引きしていた若い恋人たちを見舞った十五世紀の悲劇伝説を下敷きにしているという言い伝えがあるそうです。
ミステリーやサスペンスやホラー作品との相性の良さがクローズアップされており、マザーグースを用いた様々な作品が紹介されている中に、P・L・ハートリーの「遠い国からの訪問者」(私が読んだのは「豪州からの客」)を見つけて小躍り。 「木の実拾い」の遊戯唄(日本の“花いちもんめ”に近い遊び唄)が、異様な恐怖を喚起する佳篇で大好きな作品なのだけど、仕組まれたマザーグース効果の全てを味わい尽くせてなかった気がしてきて、今、再読したくて堪りません。


グリム童話より怖い マザーグースって残酷
藤野 紀男
二見書房 1999-05 (文庫)
関連作品いろいろ

| comments(0) | trackbacks(0) |
C O M M E N T








http://favorite-book.jugem.jp/trackback/1025