仲蔵狂乱 / 松井今朝子
大部屋から身を起こして千両役者にまで駆け上がった歌舞伎役者、初世中村仲蔵の江戸版アメリカンドリーム♪ 同時代の中村座を扱った物語として皆川博子さんの「花櫓」を先に読んでいたのだけれど、あちらも相当に歴史に沿って描かれていたのだなぁと再認識した。 八代勘三郎の2人の娘の名前が微妙に違うのは読み方の問題なのかな? 「花櫓」にも絶対に仲蔵は登場していたはずなのに(登場してないなんてあり得ない!)、ノーマークだったせいか全然覚えていないのが悲しすぐる・・ あくの強い四代幸四郎とお坊ちゃん育ちの五代団十郎の、舞台を巻き込んでの仲違いとか、十代勘三郎が中村座の借金の多さに怖気づいて逃げ出してしまったことまで、どうやら本当の話。 この辺りのしわ寄せも仲蔵へ・・ 貧乏くじの引きっぷりや調停役としての腕前も、こういう立ち回りができるのは仲蔵ならではと思わせる。
夢中で一気に読んでしまった。 世襲制の強固な歌舞伎界で大部屋役者から名代にまで上り詰めた役者が仲蔵のほかにいるのかどうかは知らないのだが、なにしろ異例の大出世なのだ。 こんな風に書くと大天才だとかギラギラした人物だとかを想像してしまうが、そんな形容は仲蔵にはなんだか似合わない。 お人よしで、人を喜ばせたり楽しませたりせずにはいられない性分・・ 孤児であった彼が生き延びる糧として身につけた所作にすぎなかったのかもしれないけれど、結局はその性分に彼自身が守られたのだろう。
仲蔵が芝居を愛したというのは勿論なんだけど、それ以上に芝居が仲蔵を愛して止まず、絶対に見捨てなかった・・そんな描かれ方。 愛された人なのだなぁと思った。 客にも仲間にも家族にも。 そして終ぞ改名しなかった“仲蔵”という名前にも。
多分このあたりがフィクションなのだと思うのだけど、側用人から老中にまで駆け上った田沼意次に仕える1人の武人が仲蔵を時に助け、見守っている。 ここぞという場面でふっと現れるこの人物がどこか幻影的で福の神のような気配を纏っている。
なんだか他人の力と運でのし上がったように書いてしまったけど、まったくそうじゃありません。 仲蔵自身の頑張りは大前提。 本書は間違えなく仲蔵の苦労と努力と試練の日々を追っています。 でもやっぱり仲蔵にはずっと福の神が寄り添っていたように思えるのです。
いざ立ちあがる段になっても、仲蔵の腰はあがらなかった。背後から万作が懸命に持ちあげようとしていたが、力及ばぬようだった。
「老いぼれ引っ込め」
の声に覆いかぶさるようにして、
「仲坊、しっかり」
白髪あたまの親爺が叫んでいた。
「仲坊しっかり」の連呼が小屋いっぱいにこだまして、仲蔵の顔が涙で濡れた。
――役者は舞台で倒れ死ぬのが本望だと思うがいい――
四代目の声を遠くに聞いて、仲蔵は死ぬ気で立ちあがろうとした。
↑ ここ、何度読んでも泣いてしまう・・・・・・・・・


仲蔵狂乱
松井 今朝子
講談社 2001-02 (文庫)
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★★★★
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