怪奇小説日和 / アンソロジー
[副題:黄金時代傑作選][西崎憲 編] 1992〜93年に刊行された「怪奇小説の世紀」全3巻から13篇を選出し、さらに訳しおろし含め新たに5篇を加えて再編集した文庫版。 姉妹アンソロジー「短篇小説日和」と同じく19世紀後半から20世紀半ば頃に発表された、主に英国作家の作品を軸としたセレクト。 西崎憲さんのボリューム感ある巻末エッセイも健在。
一時代に花開いて散っていった、いわゆる“怪奇小説”あるいは“ゴースト・ストーリー”と呼ばれる一種独特のジャンルには、えもいわれぬ味わいがあります。 怖さというよりクラシカルな雰囲気を堪能するものだよなぁーと、しみじみ感じ入ってしまう。 とは言え怖いとなると底無しに怖い。 そういう一面を隠し持つような洗練された作品ばかりです。
正統的なゴースト・ストーリー、心理主義、モダニズム、ロマン派チックなものから、ワン&オンリーな個性派まで実に粒ぞろい。 ガツガツ読んでしまったのが悔やまれます。 忘れた頃に一篇だけ読み返したら、どれもこれも更なる輝きを放ってそう。
「岩のひきだし 」と「遭難」は、それぞれノルウェーの海とスイスの山の怪異。 ノルウェーの民間伝承に材をとったとおぼしき「岩のひきだし」は、漁師と海の精霊(魔物)との異種結婚譚めいた話で、土着的な息吹きがよかったです。 海の岸辺に切り立つ岩壁が家財道具の詰まった抽出しになっていて、その抽出しを引っ張って開けるための壁面の小さな輪が指から抜けなくなり、その指輪が異界との逃れられない契約になってしまうという初耳のモチーフにワクワクしました。 伝承といえば「妖精にさらわれた子供」は、炉辺話のような素朴さといい、アイルランド貧村地域の自然風土といい、ケルト民話の世界そのものでした。 ただし民話を短篇小説へと昇華させた哀切な余韻が流石。
余韻の半端なさにやられる作品が圧倒的な中で、白眉だと思ったのが「失われた船」。 結末の謎めきが醸す遣る瀬なさは言葉にならないなぁ。 この一篇をラストに持ってくる辺りが憎い。 物語の構成力と詩美性が完璧なエレガンスを奏でる「墓を愛した少年」は、こちらもまた、第一話目として序曲に相応しい佳篇。 構成力と言えば、怪異の小道具として“旅行時計”の存在感を見事に際立たせた、その名もズバリなタイトル「旅行時計」も外せない。 ラストのささやかなウィットがお洒落で好き。
一番のウィット系は「ボルドー行の乗合馬車」でしょうね。 著者は実話怪談の収集家だそうなのだけど、もっと広い意味で巷談の収集家でもあったということなのか。 だってこれは・・ まぁ、不条理で不気味な小話なんですが小話は小話だもの^^; どこで仕入れたものか、めちゃめちゃ既視感あるんだよなぁ。 落語の「馬のす」のオチなしヴァージョンぽくもあります。 もう一篇、ウィット系なのが復讐する気のない幽霊に居座られちゃう「がらんどうの男」。 こちらも落語を思わせる人を食ったようなところが無きにしも非ずで、オチのオチまでついてる格好ですが、逆に幽霊の虚無性にゾワリとさせられる一抹の怖さがあります。 古典落語の「三年目」に取材した山本昌代さんの「居酒屋ゆうれい」をちょっと思い出したw 
「陽気なる魂」が何気に一番印象深いです。 3回読んでしまった。 誰か解説してください・・orz 語り手を含めた登場人物(登場しない人物の影も含めて)の誰もかれもの得体が知れない。 読解を支える拠りどころがどこにもないというのか、いや、あるのだろうけど全く掴ませてもらえない怖さに魅入られてしまった感じです。 同様にハイブロー系なのが「列車」。 タイトルが示す通りに、“列車”という一つのイメージによって鮮烈に染め上げられた怪異。 こちらの恐怖の実体はそれなりに掴める感触があるので置いてきぼりにはなりませんが、ラストの反転感にグラッとなり、戦慄を伴う眩暈に襲われます。
「真ん中のひきだし」は正統派の中の正統派の趣きで、自分が思い描く古き良きゴースト・ストーリーど真ん中なイメージ。 「フローレンス・フラナリー」や「ターンヘルム」は魔の顕現が圧巻で、ロマン派寄りの香り高さと濃密な気配が美味でした。 「七短剣の聖女」もロマン派っぽいと言えなくもないのですが、ドン・ファン伝説異聞というのか、もう一人のドン・ファン伝説というのか・・ 17世紀のアンダルシアを舞台とした中世古譚風の騎士物語に神話やお伽噺モチーフがふんだんに鏤められていて、このラインナップにあってはひときわ異彩を放っています。 カトリックとイスラムが綾なすバロックな映像美に惑溺しました。
巻末エッセイでは、怪奇小説が隆盛だった19世紀後半から20世紀前半(通史的にはゴシック小説とモダンホラーの間の期間)を黄金時代と位置づけ、その前後でどのような移行がなされたか、宗教観や社会観や人間観の変化といった精神史的な観点から恐怖を扱う物語の変遷を紐解く考察がなされていて、勉強になりました。
批評研究の歴史も興味深かったです。 ゴシック小説の膨大な研究の成果に対し、怪奇小説の研究たるや片々たるものであるという。 そもそもというか未だにというか、研究対象としての関心が薄い分野なんですね。 誠にさみしい。 怪異や奇蹟が当たり前だった時代が終わり、科学進歩の黎明によって教会万能主義が崩れると、信じる信じないの間で大きなエネルギーが生じ、怪異がより身近な好奇心として改めてクローズアップされたのが黄金時代だったんだろうなぁ。 二十世紀中葉以降の科学妄信の時代を迎えると、居丈高な批判にさらされたり、そっぽを向かれ打ち捨てられたであろうことは想像に難くありませんが、もうそういう時代でもなかろうし、無知を知る境地に近づきつつある(と思う)現代では、むしろ怪奇小説を読み返す土壌が回復しているんじゃないかと、願いも込めて。 まぁ、コアなファンがいる分野なんでよもや忘れ去られることはあるまいが、この先、学術研究が盛んになってくれると嬉しいなぁ。

収録作品
墓を愛した少年 / フィッツ=ジェイムズ・オブライエン(西崎憲 訳)
岩のひきだし / ヨナス・リー(西崎憲 訳)
フローレンス・フラナリー / マージョリー・ボウエン(佐藤弓生 訳)
陽気なる魂 / エリザベス・ボウエン(西崎憲 訳)
マーマレードの酒 / ジョーン・エイケン(西崎憲 訳)
茶色い手 / アーサー・コナン・ドイル(西崎憲 訳)
七短剣の聖女 / ヴァーノン・リー(西崎憲 訳)
がらんどうの男 / トマス・バーク(佐藤弓生 訳)
妖精にさらわれた子供 / J・S・レ・ファニュ(佐藤弓生 訳)
ボルドー行の乗合馬車 / ロード・ハリファックス(倉阪鬼一郎 訳)
遭難 / アン・ブリッジ(高山直之・西崎憲 訳)
花嫁 / M・P・シール(西崎憲 訳)
喉切り農場 / J・D・ベリズフォード(西崎憲 訳)
真ん中のひきだし / H・R・ウェイクフィールド(西崎憲 訳)
列車 / ロバート・エイクマン(今本渉 訳)
旅行時計 / W・F・ハーヴィー(西崎憲 訳)
ターンヘルム / ヒュー・ウォルポール(西崎憲・柴崎みな子 訳)
失われた船 / W・W・ジェイコブズ(西崎憲 訳)


怪奇小説日和 ―黄金時代傑作選―
アンソロジー
筑摩書房 2013-11 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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