謎のあの店 1 / 松本英子
近寄りがたい空気、来るものを選ぶディープな気配を発散させている“怪しい店”二十軒の敷居をまたいで、その謎めく佇まいの内側をレポートする実録コミックエッセイ。 東京下町の街角や路地裏や古い商店街を中心に、時には銀座界隈や温泉地や地方の田舎町などを交えつつの、昭和レトロ趣味満載なテイスティングに大変興をそそられました。 的確な観察眼で細大漏らさず描写された店の内観や街の景観を舐めるように観賞しつつ、ひと時のノスタルジックなトリップ感に浸り、上々の気分です。
柳原商店街、立石仲見世、浅草観音温泉、銀座青汁スタンド、立岩バーガー、ドイツビアレストラン・ゲルマニア、鷹匠茶屋、鉄オタの集う立ち呑みバー・キハなど、有名スポットの通な楽しみ方系や、噂に名高いマニアックな店への潜入系も面白くないわけじゃないんだけど、そういった世間の興味に応えるリサーチ趣向よりも、追憶と分かち難く結びついた超プライベート領域の、特別な私だけの感溢れる名も無き(比喩です)店に積年の思いを成就させるべく、意を決して踏み入る生活圏内に密着した話の方が好みでした。
そこだけ時が止まっているかのような・・ 営業しているのかさえ定かでないほど鄙びた外観。 しかし醸し出す雰囲気がなぜか気になって仕方ない店のあれこれ。 そういう店っていざ入ってみたら不思議のヴェールがすっかり剥ぎ取られて、拍子抜けするくらいどーってことなかったり、残念感よりの気持ちに押し寄せられるのが関の山だったりするものなのだけど、そんなところもひっくるめて素敵なのだ。 というのは、行動によって得たどんな結果も楽しんでしまおうとする著者の心意気が、この本の隅々にまで行き渡っているからに違いなく、白茶けた感慨が一つの“物語”になってしまうだけの強度を有し、そこに捨てがたい風情が生まれているからに他ならず。 店主さんとの束の間のとるに足りない交感が淡くて濃密で。 ほっこりと、しっぽりと、きゅんと、クスクスっとさせてもらったり。 自分の記憶を引っ張り出して二、三軒の店を思い浮かべずにはいられなくなるんじゃないかな。 今はもうない懐かしいあの店やこの店までも・・
ケーキ屋、美容室、占い屋、レストラン、旅館、小料理屋、ラーメン屋辺りの回がマイベスト。 特にお気に入りは「あのレストラン」。 上質な掌篇のように読ませる作品で、甘やかな痛みにまだ心が疼いています。
しかしほんと、松本英子さんは男前なチャレンジャーですわ^^; 自分なんかそもそも行動派じゃないし、どうしようもないビビリだから絶対ムリで、一回きりの人生、どんだけ損してるんかなぁーって、こういう無駄な情熱(の満喫っぷり)に触れると遣る瀬ない憧憬と嫉妬で身悶えしてしまいます。 この二十軒の中で自分がなんとか入れそうな気がしないでもないのは青汁屋と喫茶店くらいか;; 一人となるとどちらもムリかもわからん。


謎のあの店 1
松本 英子
朝日新聞出版 2012-08 (単行本)
関連作品いろいろ

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