エウラリア 鏡の迷宮 / パオラ・カプリオーロ
[村松真理子 訳] 日本では(現時点で)この一冊しか紹介されていないイタリア人女性作家の短篇集。 1988年に発表された作者26歳の処女作品集で、四つの短篇が収められている。 “幻や想像の世界に現実以上のものを見てしまった人間の悲劇がダマスク織りのように紡ぎ出される”との紹介文があって、この“ダマスク織り”ってワードチョイスがなんともしっくり嵌る。 典麗で繊細優美でシルキーで・・っていうのもあるんだけど、パターン化された模様がひと連なりに織り出されていく感じなんか特に。 四篇は同工異曲というべき相似形を成して響き合っているのだ。
瑞々しく美しい綺想に彩られた愛と孤独の物語。 どの短篇の背景もヨーロッパのどこか・・という以外に時間も場所もつかみ難いのだけど、今よりもっと古くもっと緑の濃い旧世界の記憶が籠る空間イメージ。 眼裏に残る映像の強さも特徴的で、古譚や伝説風のロマン派チックなモチーフに既視感があり、またその寓意性にも馴染みがある。 神の遊戯のごとき運命に殉じていくようでありながら、主人公たちの行動の秘かな動機には、自己同一性の揺らぎ、確固とした拠りどころの不在に倦む現代的な病理が関わっていて、リアリティとメルヘンが内側と外側から照らし合うような趣きを具えている。
豪華な馬車の内部で空間を無限に広げている鏡の部屋、死者のために何世紀にも渡って造られてきた地底の荘厳な彫刻庭園、巨大な影法師の囚人がヴァイオリンを奏でる閉ざされた監獄など、生の無常を体現する地上世界から隔てられ、切り離されて完結し自足している夢幻境のような反世界が物語の対位旋律となって死や不変を象徴している。 実体と影、静と動、聖と俗、刹那と永遠・・ 両者の呼び交わしはその間に横たわる目に見えない淵の深さを裏書きするばかりであり、未だ見ぬ魂の故郷のようなかつて一体だったかもしれない失ってしまった自己との安定的合一を願う衝動のような恋慕の情を悩ましく充満させ、その虜となった人たちの渦巻く想念を燃え立たせている。
テーマは変奏しながら反復するのだが、表題作の「エウラリア 鏡の迷宮」は虚実の錯綜から浮かび上がる真実性への問いを、「石の女」は、死から逆照射される生の意味を、表裏を成す「巨人」と「ルイーザへの手紙」は自我の分裂の問題に関わる分身小説的な側面をより強く感じたような。
どこにも属せない疎外感や途方もない遮断は偏に不毛で、なんら救いを提示することのない虚しさが茫漠と漂うオープンエンド。 ややメランコリーにもたれ掛かり過ぎかなという節はあるのだけど、そのため殺伐感はなく、非情さと無垢が綾を成し、襞を成して揺れ動く織物のような世界がどこまでも甘美なのだ。


エウラリア 鏡の迷宮
パオラ カプリオーロ
白水社 1993-06 (単行本)
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