弦のないハープ / エドワード・ゴーリー
[副題:またはイアブラス氏小説を書く。][柴田元幸 訳] ゴーリーのデビュー作。 文、長っ! ちゃんと文章を綴った物語になっていることに意表を突かれましたが、ゴーリースタイルの基本は驚くほど完成されていて、この時点で既に洗練の極致。 ゴーリー作品は、時代も場所も不明ながらそこはかとなくヴィクトリア朝イギリスを底流させているのが特徴ですが、本作の舞台は紛れもなく前時代のイギリスで、その生活様式を遺憾なくパロっています。 原文は昔風の流麗さを意識した持って廻ったような文体なんじゃないかと勘繰ってるんだけど、どうだろう、違うかな。
副題にもある通り、高名な作家であるC・F・イアブラス氏が『弦のないハープ』と題した新作の小説を執筆する過程、工程が(どことなく評伝調で)描かれていく作品。 物書きの生態ウォッチング風味と言いましょうか、まぁざっくばらんに言って生みの苦しみと、その苦しみの報われなさが体現されている感じ。 テーマは“文士稼業の底なしの酷さ”と言い切っても差し支えなさそう。
頭の中に降りてきたと思えた詩句が以前読んだ本のパクリじゃないか不安になって調べ始めたり、古本屋の投げ売りコーナーに過去の自作(しかも贈呈本)を見つけてしまったり、未知のファンから貴方の作品を象徴していると称した意味不明な贈り物が届けられたり、担当編集者が要らぬお世話で送ってきた書評掲載紙の山が気になって仕方なかったり・・ 読者は気鬱症のイアブラス氏の言動に逐一付き合わされることに。
とにかくネガティブ。 隙あらばネガティブ。 ちょっと作家版マーフィー的な。 ユーモラスで哀愁の漂う自虐あるあるなノリがそれとなく醸し出されていて、やはり悲劇を装った喜劇なのだよなぁ。
可哀想にここで挫折か・・くらいの負のオーラを漂わせていてもページをめくると何事もなかったように次のステップに前進しているからまるで重くない。 むしろスッ飛び感が淡々と軽やかだし、時にこの手法がとぼけた可笑しみを誘発させてたりもして。 あんなに憤慨してまで嫌がってた表紙カバーが結局そのまま採用されちゃったんだねw とか、骨董屋では文句垂れ垂れだったのにファントッドの剥製はちゃっかりお買い上げしちゃってるじゃないかw とかね。 のちの絵の中でのみ読者が知り得る“結果”にクスッとしてしまう。
面白いのはイアブラス氏作の『弦のないハープ』と本書の表紙が同じであるところ。 作中イアブラス氏は罵りの限りを尽くして表紙の画稿を酷評するのですが、つまりイアブラス氏はゴーリーをコケ下ろしてるわけなのだよね^^; 煮詰まりすぎて相当に病んぢゃって、ある夜、小説内の脇役であるグラスグルー氏と階段の前で出くわしてしまうシーンがあるのだけど、このグラスグルー氏は裏表紙でイアブラス氏と博識の友人と一緒に、今まさに弦のないハープの生演奏を鑑賞しているゴーリー氏にそっくりで、創造主と創造物の関係が揺さぶられ、内側と外側がひっくり返るようなメタ感覚が添えられている。
古めかしく埃くさく暗然たる雰囲気、典雅な装飾的意匠、その端々に散りばめた芸の細かさ、見覚えのあるアイテムの数々が目を飽きさせません。 トレードマークの珍獣ファントッドはここから始まってたんですねぇ。 謎の白いカードも発見。 イアブラス氏が小説を書くとき必ず(しかもなぜか後ろ前で)着用するスポーツ用セーターに「蒼い時」の犬二匹を思い出しました。
こちら側の日常世界を離れ、英仏海峡という境界を越えて見果てぬあちら側の世界へ旅立たんとするイアブラス氏。 このラストは吉兆か凶兆か・・ 巧妙な余韻に惚れ惚れします。


弦のないハープ
エドワード ゴーリー
河出書房新社 2003-11 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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