『罪と罰』を読まない / 岸本佐知子×三浦しをん×吉田篤弘×吉田浩美
ドストエフスキーの名作「罪と罰」を読まずに語り倒してしまおうという、大胆不敵とも云うべき読書会への誘い。 とある宴席の片隅で膝を突き合わせ、嬉々として語らう四人が目に浮かぶようでニマニマしてしまいます。 まぁしかし時間の無駄、ナンセンス、役に立たないという贅沢さを究めた知的遊戯であると同時に、読んだだけで満足し、良しとするようなある種の権威主義に一石を投じる、なかなかにパンチの効いた企画とも捉えることができそう。
名作ゆえに“読んだことはないけれどなんとなく知ってる”各々の情報を寄せ集めて、そこから話の筋や作者の意図や登場人物の思いを探り当て、「罪と罰」がどんな物語なのか推理していくというのが基本スタイル。 “読んだことはあるけれどよく覚えていない”側の自分にも充分に参戦の余地があることを恥じ入ればいいのか喜べばいいのか;; 岸本佐知子さんと吉田浩美さんのフライング情報や、既読編集者の立会人干渉があるので、実はそこそこナビゲートされちゃってるし、自由奔放というほどではない・・というかそれは流石に憚られるのか。 でもやり過ぎたらやり過ぎたで逆に白々しくなってしまっていたかもしれないし難しいところだなぁ。 ひょっとすると企画そのものが創作なのか? と捻くれた小説読みの性でついつい勘繰ってしまう部分もクラフト・エヴィング絡みなだけに(笑)なきにしもあらずだったものの、ぐいぐい牽引する三浦さんの妄想力の逞しさ、岸本さんの茶々入れ、浩美さんの軌道修正、篤弘さんの気づきを促す示唆など、それとなく絶妙にチームワークが発揮されていて、本気の遊び心が実に生き生きと伝わってきました。
終章はちゃんと答え合わせというか、締め括りの読後座談会が設けられています。 投げ技のかけ逃げではありませんのでご安心を。 斬新かつマニアックな切り口で「罪と罰」を紐解くこの辺りの見事なお手並みも、しかしセンスある書評と言ってしまえばそれまでなのですが、ここまで熱烈に引き込まれるのは未読座談会が利いているからに他ならないのです。 捨てキャラについて延々と論じていたことが発覚したり、想像の遥か上をいくキャラのぶっ飛びぶりに大興奮したり。 個人的にツボだったのはSMとの親和性の指摘。 「バーデンバーデンの夏」を読んだばかりの身としては、その鋭さにハッとさせられるものがありました。 また、みなさんが異口同音スヴィドリガイロフで盛り上がってるというのに、スヴィドリガイロフの存在なんか記憶すらない自分の残念さに身悶えしたり。 ラスコーリニコフとスヴィドリガイロフが表裏を成すように暗示されているのが「罪と罰」の醍醐味らしいではないですか(泣)
お世辞ではなく本心から読み返したくてムズムズとワクワクの高揚感が止まりません。 読んだら終わりというわけではないのと同じように、読まないうちから始まっている・・ そんな読書の在り方、小説との付き合い方の提言に、なにかこの上なくシンパシーを感じてしまいました。 本書の試みが、物語に触れることの根源的な喜びを意識する契機になってくれたことに間違いはありません。


『罪と罰』を読まない
岸本 佐知子×三浦 しをん×吉田 篤弘×吉田 浩美
文藝春秋 2015-12 (単行本)
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