少女たちの19世紀 / 脇明子
[副題:人魚姫からアリスまで] 19世紀児童文学の愉しみを伝える読書案内と文学史概説を兼ねたような趣向のエッセイなのですが、ヨーロッパが大きく変わり始めた時代に登場した新しい少女たちの群像に光を当て、“少女の文化史”という観点で検証を試みているのが特徴的。
具体的には、第一章でアンデルセンの「人魚姫」の主人公とゲーテの「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」に登場するミニヨンとの類似性について考察がなされ、第二章で「人魚姫」から遡った水の精の伝承と、フーケ、ホフマン、グリムなどドイツ・ロマン派の足跡が辿られ、第三章でドイツ・ロマン派エッセンスに伝統的民話モチーフを融合させた作風でイギリスの妖精物語ブームを牽引し、のちのC・S・ルイスやトールキンに大きな遺産を残したジョージ・マクドナルドが紹介され、第四章でマクドナルドと親交のあったルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」誕生の経緯が紐解かれ・・といった感じです。
寄り道や補足を兼ねた連関的な話材も合間合間に挟まれ適宜カバーされているので、児童文学が確立された19世紀周辺の背景をいろいろ窺い知ることができましたが、大筋の流れはアンデルセンがゲーテやドイツ・ロマン派から影響を受け、ドイツ・ロマン派とアンデルセンからマクドナルドが影響を受け、そのマクドナルドとキャロルが影響を与え合い・・的なイメージかな。
“王子は恋の対象であると同時に成りたい自分の理想像だった”とする「人魚姫」の解釈がなによりエキサイティングだったなぁ。 人間(=man=男性)の数には入っていない女性はどうしたら人間になれるのか、自分の魂が求めて止まないものを本当に手に入れるにはどうすればいいのか・・ 海の中から地上への憧れを募らせる人魚姫の姿には、女性世界の単調で窮屈な暮らしに安住できず、男性だけに許されていた行動と精神の自由を求めあぐむ新時代の少女の心理が重ね合わされいるという指摘。 “人間になりたい”や“魂を得たい”はそういうことか!と目からウロコが落ちました。 でもそれって裏を返せば、寡黙な苦しみを抱えたそんな少女が、感受性の強い男性作家の新しいアニマ像となって生まれてきたことの証左なのだと。 思わず唸ってしまった。 旧来の価値観におさまる古典的な女性の姿が男性にとって魅力的には思えなくなり始めたとも言えるわけなのだよね。 フェミニズムの出発点の一端が奈辺にあるか考えさせられるものがありました。 既存の価値観では立ち行かなくなった時代、手つかずだった女性や子どものポテンシャルに新しい可能性を探り始めた男性たちがいて、彼らが児童文学の開花に果たした役割の大きさが総論として示唆されています。
「オデュッセイア」のセイレーンやハイネの詩のローレライのような男性を惑わし命を奪う魔物型と、その伝統的モチーフをことごとく裏返して描いてみせたアンデルセンの「人魚姫」とのあいだに位置付けられるのがフーケの「水妖記(ウンディーネ)」で、三者の比較が興味深かったのと、手書き本「アリスの地下の冒険」に添えたキャロル直筆の挿絵のアリスが、アリス・リデルではなくマクドナルドの娘アイリーンをモデルに描かれていたあたりの事情など、特にそそられました。
そして著者イチオシ(?)のジョージ・マクドナルド。 綺羅星のような作家たちに賞賛されながら、一般の認知度は低めという玄人好みな作家さんっぽいのです。 何を隠そう「リリス」が積読本棚に眠っているので起こさなければ!


少女たちの19世紀
 −人魚姫からアリスまで−

脇 明子
岩波書店 2013-12 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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