モダンガールのスヽメ / 浅井カヨ
モダンガールの時代である大正末期から昭和初期の風俗文化に憧れ、その情報収集と発信をライフワークにしておられる著者は、現存している実物や資料を紐解き、当時を徹底的に追体験する暮らしを実践していることで、とりわけマニアの間で知られた御仁のようです 今は廃れて顧みられなくなった未知の道具や品々、装い、習慣などに直に触れることで得られる新鮮な体験を喜びとしていることが伝わってきて、その時代に生まれたかった、或いは戻りたいのではなく、ずっと追い求め続けていたいというアクティブなスタンスが印象に残りました。
同好の初心者への実践ノウハウを交えながら、モダンガールの生態を中心に、大正末期から昭和初期という時代のライフスタイルを紹介していく本書。 知識だけでは感得できない実践者ならではのきめ細かな目線は著者の強みと言えますし、なんかインディーズ感があって良かったな 旧字体とレトロなフォントの使用や、それこそ当時の女性たちを啓蒙するために書かれたような指南風(?)の上品な文章とか、この本そのものが時代感覚を意識している作りになっているっぽいのが面白い。
婦人雑誌に掲載された写真やイラスト、雑誌付録の美容やファッションや作法を特集したハウツー冊子の記事、レコード会社月報の表紙、映画ポスターなどなど、当時を知る貴重な図版資料が豊富に収められている点は特筆に値します。 しかも非常に細かい字でありながら全て潰れてないのが嬉しい
“モダンガール”という言葉の名付け親は文筆家の北澤秀一氏。 大正十二年の新聞コラム『帯英雑記』の中に初めて登場するとされています。 ただし都会で急増する新種の若い日本人女性像を指す言葉として定着し、流行語になるのは関東大震災後・・という話は「モダンガール大図鑑」で読んだかな? 微かに記憶にあるのだけれど、昭和六〜十年頃の出版物には“すでに古い(流行の最先端ではない)”とか、“モダンの先はシーク(シック)だ”なんていう記述が見受けられることなど紹介されていて、へぇーと思った。 華美や享楽や退廃を嫌う軍国主義の台頭と無縁でないのは当然としても、モダンは行き過ぎていて品位を傷つけるから戒めようとする根強い風潮があって、常に流行の裏側に張り付いていたその勢力が誘導的に仕掛けてるのかと勘ぐってしまったり。 或いは、西欧風のお洒落が当たり前になってきて、突飛な物珍しさを表す旗印のような特別な言葉が必要なくなっていったのか・・どうなんだろう。
ちなみに著者は昭和十年代を“モダンガール以後”と捉えていて、そしてこの昭和十年前後の装いを洗練のピークと見ておられます。 モダンガールに言及している批評記事をはじめ、流行語辞典や家庭百科事典の抜粋などから垣間見える活気が新鮮でした。 流行り言葉の“もちゼロ”は“勿論ダメ”の意。 モダン・マダムは“モマ”とか、モダンを動詞化した“モダる”とか、強欲な男性を“ぜにとるマン”(ジェントルマンのもじり)と揶揄ったり、モダンガールを“もう旦那がアール”なんて無理くり揶揄ったり^^; 「モダンガール大図鑑」に出てきた“ステッキ・ガール”(スガ)も『モダン百科事典』に載っている言葉なのだね。 当時の国語辞典にモダンガールは、“現代風の軽佻・浮薄な女子”と載っているらしい。
断髪といえばボブ、必須アイテムのクローシュの帽子、ヘリオトロープの香水、金具に練り香水を含ませた“香り絵日傘”、ヘアケアの必需品“大島椿”、髪にウェーブをつくる“モダンウエーブ器”、“キルク”を燃やして作る眉墨、モダンガールたちが聴いたであろうバートン・クレーンや藤原義江や“東京行進曲”、アイスクリーム製造器“ボントン”・・ そして、モダンガールが使ったかどうかは定かでないけれど、今はもう見かけることがない珍道具やそのパッケージや広告のあれこれが醸し出す気配、クラフト・エヴィング商會さんに熱い視線を注がれそうな(笑)それら図版の佇まいに心を攫われてしまいました。
昭和初期に建造されたアパートに住み、装いから暮らしまでモダンガールの時代に限りなく寄り添う生活を送っている著者は、その道の伴侶たる運命のモボさんと出会い、結婚が決まり、現在、昭和初期風の和洋折衷住宅を建てる計画を前進させているそうです。 お幸せに


モダンガールのスヽメ
浅井 カヨ
原書房 2016-02 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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