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聖アンセルム923号室 / コーネル・ウールリッチ
[宇野利泰 訳] 有栖川有栖さんの「鍵の掛かった男」にインスピレーションを与えたウールリッチ作品。 つい読みたくなってしまった ニューヨークのホテル・聖アンセルムの一室、923号室に宿泊していく客たちの人間ドラマを、時代の流れとともに7つのエピソードに仕立てた連作短編集。 それは同時にホテルの一生をも辿っているという趣向です。
“聖アンセルム”というホテル名には不思議と聞き覚えがあって、なぜだろうと首を傾げていたところ、理由が判明しました。 以前読んだ「ホテル探偵ストライカー」の舞台となったホテルなんですね! あちらでフィーチャーされたのは1930年代前半の913号室。 こちらは1896年〜1957年の923号室。 隣り合わせではなさそうですが、同じフロアが扱われていたとは!
913号室編は、“呪われた部屋”の謎が現実の論理で解明されるサスペンスタッチのミステリでした。 対する本編は(見かけ上は)非ミステリで、現し世の人々の人生模様に焦点が絞られています。 またウールリッチは、あまり入念には背景を描かない作家のイメージがありましたが(思い込みかもしれません)、本編はむしろ逆でニューヨークの“時代の変遷”が一つのテーマになっているとも言えるくらいエポックを画する時事や社会情勢、ファッションや髪型から流行語や娯楽事情まで、時世を彩る文化や風俗がふんだんに織り込まれています。
一篇目では、ウェディング馬車で到着する初々しい新婚カップルを、開業初日のホテルの真新しい一室が迎え入れます。 互いの新しい生涯の門出を祝福し合うかのように共鳴していた宿泊客と923号室でしたが・・ 紳士淑女の時代の初夜の独特な緊張感に、読んでるこっちが気恥ずかしくなってくるのですが、まだ典雅な旧世界の名残りを漂わせつつも、悪夢めいた世紀末の瘴気に絡めとられていくかのようなノワール感が好きです。
アメリカが第一次大戦に参戦した日を描いた二篇目と、休戦のニュースが発表された日を描いた三篇目は、約一年半の時を隔て前後篇になっています。 誰もが愛国的な陶酔と狂熱に身を委ねた日、初めての軍服と初めてのイブニングドレスに身を包み、時流の魔法にかけられてホテルでの逢引にのぼせ上がった若い男女。 一年半後、誰もが善良になって開放感に浮かれ騒いだ日、約束通り二人は再会を果たすのですが・・ バカップルが演じたグロテスクな滑稽劇の一部始終を見守ったのも聖アンセルムの923号室でした。
四篇目と五篇目は“狂騒の20年代”です。 ギャングの暗躍した禁酒法の時代に、その抗争に敗れて落ち目になったイタリアン・マフィアのボスが、さらに大恐慌の始まったブラックサーズデーには巨万の富を失った資産家がやってきます。 聖アンセルムの923号室は彼らのひと時の隠れ家となりました。 この辺りになると宿泊客もホテルも中年に差し掛かり、人生の悲哀めいた色合いが濃く映し出されています。
各篇のタイトルは年月日になってるのですが、六篇目は伏せられていて、この一篇だけはタイトルの日付が結末に明かされる趣向。 駆け落ちの末、疲れ果てた恋人たちのひと時の幸せを、923号室の暗闇がそっと包み込んでいるかのようです。 二人の未来が暗示的に描かれる哀切な一篇。
ラストの七篇目。 高層ビルへの建て替えで取り壊しの決まった聖アンセルムは、廃業の前夜、なにかの強い意志を持ってやって来た老婦人を923号室に迎え入れます。 こんな結びを想像だにしませんでした。 旧世紀に人格形成された最後の世代の女性の哀話と捉えるべきか。 二篇目&三篇目の女性との世代間ギャップをつい感じてしまいます。 ホラーと片付けてしまうにはあまりに忍びなくて・・
ほぼホテルの一室でストーリーが回り始め完結するシチュエーションは、ある種の磁場を生じさせ、どこか幻覚的で夢のような空間を盛り立てていきます。 “アトモスフィア”という言葉があるけど、やはりウールリッチの作品はこの言葉なしでは語れないと思いました。
不安定で目まぐるしい変化を遂げた二十世紀前半、そのあり様の象徴的、戯画的なモデルとして託された一握りの宿泊客たち。 移ろいゆくジェネレーションが奏でた狂詩曲を堪能した心地です。



聖アンセルム923号室
コーネル・ウールリッチ
早川書房 1959-09
(新書)
★★★★
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