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気になる部分 / 岸本佐知子
岸本さんが会社勤務から翻訳家へ転職してまだ間もない頃のエッセイ。 これが初エッセイ集かな? たぶん。 1993年から1999年に雑誌掲載されたものが集められている。 バリバリ90年代で意外と古いんだけど、らしさに溢れていて全然古さを感じない。
岸本さんが何十年にも渡って“なかったこと”にして心の底に押し込めてきた結果のドロドロの発酵物を集めたのがこのエッセイであるとのこと。 しっくりこなくても腑に落ちたように無理やり呑みくだし、日々の暮らしに支障がないよう、誰もが少なからず無意識に自分を制御しながら生きているものだと思う。 それがあまりに常態化していて、ドロドロの発酵物があったとして目を向けることができないし、感じることもできなくなってしまうんだろうと思う。 普通はもう。
一章の「考えてしまう」は、目のつけどころに感服するような身辺雑記風で、日常の些細な違和感やこだわりや人間観察など、ときどき、ん? とか、ふふって妄想が混じるくらいのテイストなんだけど、そこから遣る瀬無いような人生の悲哀が立ちのぼってくる。 あとはやはり、“言葉”に向けられる鋭敏な眼差しが異次元。
二章の「ひとりあそび」は、回想を中心とした現実と虚構の境界を行き来するような領域のエッセイ。 脆い地盤の上に立つ自分という存在の曖昧さが際立っている。 子供の頃の奇妙な体験や不思議だったこと、孤独だったこと、岸本さんはなんでこんなにも覚えているんだろう。 ある種の才能(異能?)だと思う。 自分にも似た感覚が確かにあったような気がして、そんな残滓を刺激されて、どうしても思い出したくなって、泣きたくなるような気持ちになっても、やっぱり思い出せない。 あまりにも特殊でグロテスクすぎる記憶は、俗事にかまける大人の頭で破棄しちゃうんだろうな。 自分が壊れてしまわないように辻褄の合わないこと、受け入れがたいことは記憶を修正して、修正したことすら綺麗に忘れて生きている。 そう考えると現実(と思っていること)の方がよっぽど虚構なのかもしれない。
三章の「軽い妄想癖」は、もう完全にエッセイの域を出た文芸作品。 岸本さんは本格的に小説をお書きになる気はないのでしょうか? 四章の「翻訳家の生活と意見」は、言葉と言葉が交感する最前線の景色の一端に触れるような得難い興趣を味わせてもらった。 ブックガイド的エッセイも収穫。 特に日本人作家の書評は新鮮だった。 巻末には、川上弘美さんとの架空の思い出の中に遊ぶuブックス版ボーナストラックも。



気になる部分
岸本 佐知子
白水社 2006-05
(新書)
★★★
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