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寂聴 今昔物語 / 瀬戸内寂聴
瀬戸内寂聴さんによる今昔物語の現代語訳。 一千二百余話の中から四十五話がピックアップされ収録されている。 知ってる人もいろいろ出てくる。 「むかし・あけぼの」で清少納言と絶妙な夫婦漫才(?)を見せてくれた橘則光の豪快な逸話や、「陰陽師」でお馴染みの晴明や博雅、怖〜い平貞盛の逸話、それに天竺・震旦篇では三蔵法師や達磨大師の逸話も。
天竺篇は、さすがにお釈迦様の加護の下、善人は報われ悪人は罰せられるような仏教説話風の清らかな話が多かったように思う。 それに比べると本朝篇は、天真爛漫に仏道に背いていたり、鬼や悪人が滑稽だったり、哀愁があったり、恰好よかったり、弱肉強食的なしたたかさがあったり、かな〜りエロかったり、人々の息遣いが直に感じられるほど、奔放に伸び伸びと生き生きと描かれていて、「鬼に喰われた女」や「恋のうき世」に流れているような荒々しい土壌の魅力を感じることができた。
じっくり腰を据えて歴史長編を読むのもよいけど、古の人々のふとしたエピソード、瞬間の輝きが詰まった今昔物語に何故だか無性に惹かれる。
寂聴さんが意図的に選んだのか、あるいは本来の傾向なのかわからないのだが、妻を捨てる夫には手厳しい話が多かったように思う。 “こういうことをするとこんな酷い目に遭いますよ”的な。 そういえばラストにこじつけ(?)のように教訓を一言付け加える話も結構あって、あれはいらないんだけどなぁ〜とか苦笑しちゃうのは大きなお世話だろう。
この前読んだ「六宮の姫君」も入ってた。 たまたまなんだけど、この一篇だけついこの前、原文を読んでいたので知ったかぶって言わせてもらうと、ほぼ忠実に現代語訳に徹しておられるようでありながら、ぎこちなくならずに美しい現代語として見事に甦っている。 失礼極まりないけど、なんて上手いこと訳すんだろう! とため息が漏れそうだった。 他の話は原文も知らないので、ガツガツと当たり前のように読んじゃったけど、きっとどれも名訳なんだろうなぁ。
不思議なことに、どの話もその断片が頭の中に既にインプットされているような気がしてしかたなかった。 日本人の遺伝子なのか? なんて。 後世の人がどんな物語を書いてもその大元を辿ると今昔物語に行き着いてしまう・・云々という話をどこかで耳にしているくらい、一千二百余話を収めた説話集には“物語”のエッセンスが詰まっているということなのかもしれない。


寂聴 今昔物語
瀬戸内 寂聴
中央公論新社 2002-05 (文庫)
今昔物語関連作品いろいろ
★★★
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