小説・江戸歌舞伎秘話 / 戸板康二
歌舞伎ミステリというスタイルがそのまま“偽史実”をもっともらしく映し出す歌舞伎の一趣向と重なり合うかのようで、1話1話が江戸歌舞伎の世界を題材にした“狂言”といった風情さえあって知的エレガンスが香る作品集。 たっぷり14篇が収められている。
文化文政期を中心とした江戸歌舞伎にまつわる秘話の数々は、すべて戸板康二さん作の巧妙なフィクションなのだけれど、歌舞伎を取り巻く歴史や文化考証がしっかりしているので、導きだされた物語にはそれぞれに説得力があって唸らされる。
南北や黙阿弥が書いた“毒婦の狂言”が生まれるきっかけになった出来事とか、「車引」の場で五世団十郎が、松王丸の襦袢だけ白にするというアイディアを披露した裏にはこんな事件があったとか、お嬢吉三と弁天小僧菊之助が“女装の男”という設定になった由来とか、四世半四郎が女形でありながら「暫(しばらく)」の主役を務めるに至ったエピソードなどなど。 仲蔵も出てきた♪ 当たり役となった定九郎の秘話。 立作者の金井三笑の嫌がらせで、チョイ役を振られたというのが通説のようだけれど、まったく違った角度からアプローチされてドラマが生まれている。
みんなよかったけど、特に気に入ったのは・・「仮名手本忠臣蔵」四段目、判官との別離の件で、大星力弥が悲しげに首を振ることで若衆形独特の色気を表現するようになったエピソードが描かれる「美しい前髪」。 密やかな甘美さが堪らなく好き。 「ふしぎな旅篭」は役者ならではの物語が楽しく、オーソドックスなのも大団円なのも時にはとってもよい。 「稲荷の霊験」は、「本朝二十四考」の“身替り”に関連した一篇なのだけれど、歌舞伎秘話としてのエピソードというより、純粋に物語として好きだった。
日常のちょっとした出来事や事件の断片が、立作者によって狂言に取り入れられ、さらにアレンジされていったり、暮らしのひとコマからヒントを得たりして、名場面を引き立てる“型”が生み出されたり、江戸の庶民と歌舞伎者とは、持ちつ持たれつタッグを組みながら、洒脱で粋なエンタテイメントを盛り上げてきたのだなぁ〜としみじみ思う。 戸板康二さん作の秘話に勝るとも劣らない本当の秘話が歴史の底に沢山眠っているのだろうなぁ。


小説・江戸歌舞伎秘話
戸板 康二
扶桑社 2001-12 (文庫)
戸板康二さんの作品いろいろ
★★
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