茜に燃ゆ / 黒岩重吾
[副題:小説 額田王] 女流万葉歌人として名高く、また時代の寵児であった天智、天武両帝に愛されたという額田王なのですが、彼女の実像は、その殆どが謎に包まれているのだといいます。 本書も、時代でいうと、大化の改新から壬申の乱前夜までを描いてはいますが、歴史小説というより、登場人物たちの心模様、機微を丁寧に掬い取った生粋の恋愛小説という印象でした。
歴代天皇の中でも、天智、天武は、一番輝いていた天皇なんじゃないかと、この本を読んでいると、なんだかそんな風に思えてしまいます。 律令国家という新しい時代の息吹を感じるからでしょうか。 時代の夜明けに相応しい、躍動感溢れる背景の中で、瑞々しく息づく人々の心が、絡み合い、解れ、縺れ合い、離れ、揺蕩い・・何層にも織り成された綾となって描き込まれています。
中大兄皇子(天智天皇)の抑制の利かない激しい革命的な生命力と、大海人皇子(天武天皇)の穏やかさの中に沈潜している計り知れない生命力。 両者の放つエネルギーのうねりを鋭敏な感性で受け止め、愛しながらも、依存してしまうことがない健康的な精神。 愛情豊かであると同時に、常に愛の対象から自立していたり、人生の衝撃を歌に転化させながら心の均衡を維持しているかのようであったり。 そんな意識的、無意識的な額田王のしなやかさ、強さが、中大兄皇子や大海人皇子の生命力と呼応しているかのよう。
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る (額田王)
紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻故に吾恋ひめやも (大海人皇子)
額田王と大海人皇子の、あまりに有名な蒲生野の相聞歌は、歌合せで披露された戯れの歌なのだという通説があることは知っていました。 けれど、戯れに紛れ込ませながら交わし合ったかもしれない、情熱の去った後の種火のような愛の温もりが、やっぱりこの歌には宿っているんじゃなかろうかと、読後はそんな感慨が膨らみます。
熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな
額田王が詠んだ沢山の歌が小説の中に挿入されているのですが、百済救援のために朝鮮半島へ出兵する時に詠んだという、生き生きと大らかなこの歌が一番のお気に入り。


茜に燃ゆ −小説 額田王− 上
茜に燃ゆ −小説 額田王− 下
黒岩 重吾
中央公論社 1994-08 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★
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