遠い山なみの光 / カズオ・イシグロ
[小野寺健 訳] イシグロ初の長編小説で出世作となった作品。 再婚で渡英し、静かな田舎町に住む初老の女性・悦子が、戦後間もない長崎で過ごした、若き日の一夏を振り返る。
日の名残り」に通ずるものがあります。“寡黙の効果”っていうのね。 語らない部分にこそ想いが秘められているという手法。 このタイプのお話はもともと大好きなんですが、この作品には、どこかダークでトリッキーな幻想小説みたいな味わいもあって惹き込まれました。←邪道かも;; 現実と悪夢のあわいを彷徨うような、妖しい揺らぎにも似た朧な記憶の中に立ち現われる長崎は、どこか幻影的で粘りつくような郷愁が漂い、美しかったです。
この人はいったい何を語っているんだろう。 何を語りたいんだろう。 いや、何を語りたくないんだろう・・ 抑揚のないシンプルな文体で紡がれていく作品世界から、触れることさえできない、けれど触れずにはいられない痛みが、ピシピシ響いてくる。 戦後の新しい価値観の中で失われつつあるものと、がむしゃらに得ようとするものと、普遍的なものと・・それらがぶつかり合い、せめぎ合い、縺れ合い、錯綜しながら人の運命を呑み込んでいく。 でも、その狭間に生まれ落ちた鮮烈なひとコマが、まるで提灯の明かりに包まれたような仄淡い映像となって、あたかも美しく脳裏に焼き付いてしまうのが怖いくらい。
希望を語れば語るほどに募ってくる閉塞感や、描かれるどの交流もが孤独を際立たせてしまうような息苦しさは、イシグロでなければ醸せない独特の妙味です。
著者は、5歳まで長崎で過ごしているのだそう。 彼の記憶の中の日本というのは、きっと現実を離れて頭の中でどんどん再構築されてゆき、彼自身そのことに気づいていて、一抹の寂しさというか、心許なさというか・・茫漠とした喪失感みたいなものを心の隅に抱え続けていたのではなかったろうか。 彼のそんな部分が“信用ならざる語り手”のような物語を生みだす一助になっているのでは・・などと、つい野暮な穿鑿を巡らせてしまいました。

<補足>
最初に翻訳された筑摩書房版の邦題は「女たちの遠い夏」でしたが、ハヤカワepi文庫版で再販される際に「遠い山なみの光」へと改題されました。


遠い山なみの光
カズオ イシグロ
早川書房 2001-09 (文庫)
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★★★★
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