笑い姫 / 皆川博子
皆川さんの描く江戸もの、特に頽廃的な浮世絵や芝居の妖しい世界が大好き。 この作品も、時代風俗の香り豊かなことに変わりはないのだけれど、いやもう、物語のスケールにびっくり。 しかも主人公が正統派なので、ちょっと意外な印象を受けました。
改革の嵐が吹き荒れる天保の江戸。 幕藩体制が弱体化し、無謀な圧政を強いることしかできない老中・水野忠邦。 さらに異国船が出没し始め、目に見えない激しい胎動の気配が日本列島を覆っている。
阿蘭陀通詞(通訳)として過労死した父や、シーボルト事件の不条理を垣間見た主人公の蘭之助は、幕政に失望し、半ば世を捨てた気ままな戯作者風情。 著した戯作がきっかけで一蓮托生となった軽業師の小ぎん一座共々、幕府内の抗争に巻き込まれ、謀略に絡め取られ、江戸から長崎、小笠原へと運命を変転させていく。 江戸情緒に、エキゾチック長崎、そして南の海の小島は、もう異文化そのもの。 舞台背景だけでも楽しめてしまう♪
江川坦庵(洋学信奉者の開明派)、高島秋帆(洋式砲術をいち早く取り入れた兵制改革の祖)、鳥居耀蔵(洋学を嫌う守旧派の親玉)、間宮林蔵(蝦夷地を測量した探検家で幕府隠密)などなど、脇を固める実在人物の造形がしっかりと物語の骨格となっているところも流石。 調べてみたら、小笠原諸島の入植の歴史まで史実に沿って描かれていて驚き。 最初に住み着いたのはアメリカ人だったなんて。 セボリ(セイヴァリー)も、マザロ(マザルロ)も実在するのね! 本作で敵役として登場する鳥居の手先の本庄茂平次も実在しました。 本庄の末路を描いた「護持院ヶ原の敵討ち」は歌舞伎や小説となって流布しているらしい。 そうとうにダークな人物であった模様・・
もともと皆川さんは、繊細な心の動きをさらりと書く達人で、そこが凄く粋だったりするんだけど、この作品も人々の内面描写は抑制されていて、その分、作中作の戯作「狂月亭綺譚笑姫」によって、イマジネーションを喚起させられるようなレイヤー仕掛けが施され、そのため、土臭い歴史冒険活劇なのに、幻想的な艶やかさや儚さ、余韻に包まれたような不思議な印象を残す。
読んだことがないのでなんとも言えないのだけれど、当時、曲亭馬琴が打ち立て一世を風靡した作品主潮、伝奇小説的な読本の世界観を、この作品そのものが体現していたりもするのかもしれない。


笑い姫
皆川 博子
文藝春秋 2000-08 (文庫)
皆川博子さんの作品いろいろ
★★
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