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鏡花幻想 / 竹田真砂子
鏡花作品はもっと読みたいと思いつつも、文語調(?)に立ち向かう勇気が持てずにもじもじしている;; そんなわけで代償行動に走ってみた。 本書は泉鏡花の評伝小説。 恋女房すゞの目線で物語られる、鏡花とすゞ二人三脚の後半生。
近代以前の日本の美を近代以後に繋いでくれた作家さんだよなぁと、しみじみ思う。 ヨーロッパから発信された自然主義の台頭とともに、日本の文学界もまた、前時代的なものを執拗に排斥しようとしていた時期に、その矢面に立たされながら、よく孤軍奮闘してくれたなぁと。 実際には前時代的な“文学”なのではなく、江戸の“様式美”を受け継いだだけなのだけど、時流に乗らない鏡花の描く孤高の作品世界は、攻撃するのに都合がよかったのだという。 でもその一方では“鏡花宗の信者”とまでいわれた熱狂的な愛読者たちに支えられてもいたようで、そりゃそうだろうと思う。
鏡花の逸話の多さは薄っすらと聞きかじってはいたけれど、これほどまでとは(笑) 潔癖症に幻覚、思い込みの激しさといい、傍から見ればずいぶん危なっかしく手のかかる御仁であった様子。 登場人物に著者が言わせていたように、元来の気質的なものだったのか、それとも作品のために自分で自分を追い込んでいったのかはわからない。 でも、主観として広がる世界を完全に信じ切った生き方というのは、ある種、非凡な人の業のような気もする。 自分に見えるものだけでは不安なので、客観的な目線を常に意識していないといられないのが一般人だろうけど、人によって事実は幾らでも違う形に映ってしまうんだから、自分に見えた事実をとことん掘り下げて、それを世に問うというのは芸術や文学を志す者の本懐かもしれない。
当時流行りの“自由恋愛”のような形で結ばれた、江戸っ子芸者と神経質な文士の巡り合わせは、それこそ神仏のご加護だったんじゃないかと思えてくるほど、互いの鋳型がぴったりと嵌ったよう。 というよりも、自分の型に合うようにお互いを育てていったようにすら映る。 すゞが鏡花を支える献身的な姿があまりに印象的なんだけれど、すゞは尽くすことによって尽くされてるっていうか・・ここまで完璧に依存し合える姿というのは、いっそ潔い。
竹田さんを読むのは2作目。 この方の筆というのは、やっぱり好みだわーとまたしても思った。 登場人物にベタベタしないし、かといって突き放すわけでもなく、程よい距離感で見守られながら、人物が独りでに動き出すようなしなやかさが心地よい。


鏡花幻想
竹田 真砂子
講談社 1994-09 (文庫)
竹田真砂子さんの作品いろいろ
★★★
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