幻影の書 / ポール・オースター
[柴田元幸 訳] 2002年に発表された本書を皮切りに、ストーリーテラーとしての才覚を発揮し続けているというオースター。 内省的なテーマ性を継承しつつも、なるほど、途中で本を閉じられないくらい物語る力に牽引されました。 初期の観念的な作品は好き嫌いが分かれても、この面白さは読者を選ばないと思うんです。
飛行機事故で妻子を失くした主人公のデイヴィッド・ジンマーは、とある無声映画俳優の作品研究と論書の執筆に没頭することで辛うじて精神の均衡を保っています。 彼によって再発見されることになったヘクター・マン。 スラップ・スティック喜劇の秀作を残して忽然と姿を消した謎の過去が、書物の刊行を機に現実味を帯びて浮かび上がるにつれて、やがてデイヴィッドとヘクターの人生が時を経て呼応し、交差していきます。
パーソナル領域への鋭敏なアプローチ、停滞の時空が流れ出し奔流へと押し進められていく躍動、紙の上で自由自在に視覚化されていく映像の世界・・ それらが緻密に計算し尽くされた重層的な構成は、寸分の隙もないぼと完璧に機能しているかに思われ、隠喩や伏線に導かれて、文学的なホワイダニっトに結実する端麗なミステリとして水際立って迫ってくるのでした。
書物の幻影、フィルムの幻影、死者の幻影・・ 繰り返しイメージされる幻影的モチーフ。 その、どこかサブリミナルな揺さぶりの虜となってしまうようでした。 喪失や破壊や孤独の影が通低音のように響いていて、決して希望的といえる話ではないし、むしろ、追いつめられていく切迫感と恍惚感が錯綜するような破滅的な危うさが濃厚に香ります。 でも何なのだろう。 この偶然を必然に変えていくような頑迷なまでの意志のモチベに魅せられていく感じは。
ヘクターだけではなくてデイヴィッドも、生き残ってしまった贖罪の苦悩という幻影と戦い続けているかのようでした。 でも、言い方乱暴かもしれないけど、無自覚のうちに荒療治的な再生の物語になっている、そこに救われる気がするのです。 意図せずして、しかし確信的に人の底力を見るような。 活路なんて前向きなものは何処にもないけれど、それでも生きていれば否応なく動き出すしかなくて・・ 魂の深部に触れるような痛みと純度の高い硬質な美しさを感じる詩的な物語世界に沈みました。


幻影の書
ポール オースター
新潮社 2008-10 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★★
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