明治風物誌 / 柴田宵曲
97のトピックに因んで語られる希代の明治居士による明治の話題。 同時代の小説、俳句や詩歌、随筆などの材料として欠かすことのできない世相風俗を紐解き、作中から明治の風物詩を点出、検証。 市井風景に新趣味を添えた開明の時代の片影が垣間見える・・
と同時に、正岡子規、夏目漱石、森鴎外、尾崎紅葉、樋口一葉、北原白秋、泉鏡花、斎藤緑雨、岡本綺堂といった数多の文人の境涯に触れながら、その面影を生き生きと今に伝える名著です。
予め、ある程度の素養レベルが要求されている(ように思えた)ので、奥が深くて触ることのできないもどかしい部分も残りましたし、ややハイブローではあるかもですが(自分が不勉強なだけ;;)、厳しくも思慮深く端然とした宵曲居士の執筆姿勢は胸に心地よく、私的な感傷や功名心を排することに徹した筆致は、深山の奥の泉のような滋味があって・・ ついていきたい一念で夢中で食いついていました。
維新後、西洋文化が滔々と流れ込むことで新たに加わった語彙のいろいろ。 今とは微妙に異なる用いられ方をした言葉たち。 ハイカラの徒に重用されたステッキや葉巻やハンケチ。 毛筆からペン、万年筆へ、黒い郵便箱から赤いポストへ、煙管からパイプへ、行燈からランプへの変遷。 人力車や凌雲閣やデヤボロのように一時代にパッと咲いて散っていったランドマークや産業、諸道具があれば、石鹸や珈琲や街路樹のように暮らしにするりと溶け込んで定着していったものと様々。
ラムネの壜の形状について、今の人は知らないだろうからと詳しく説明されていたのが意外で、本編が執筆された昭和中期頃(?)に比べると逆に今の方がレトロ・コスチュームを纏った明治のモダーンな彼是に触れられ易くなってるのかな・・と感興をそそられたり。
コックリさんって渡来ものだったのですねぇ。知らなかったー(そういえば降霊会っぽいよね)。 それに半熟玉子も西洋伝来なんですね。 えー、江戸っ子は半熟の味に目覚めなかったのかー! って辺りでテンション上がっちゃったりして^^;
底に流れる江戸文学の匂いは他に類を見ないと著者に言わせ、お伽噺が童話に代わる直前、その掉尾を飾る巌谷小波のお伽噺集。 読んでみたいです・・
明治の巡査と言えば屈折していて威圧的で・・みたいなイメージがついてまわるけど、侍から士族に成り立ての一世代目の巡査を“世界で一番完全な警官”と評した八雲の言葉、ペスト菌の犠牲になって殺された鼠の供養のために鼠塚をつくる日本人がわたしは好きだと思ったり・・ 宵曲居士の筆は抑制が完璧で、何かに肩入れするようなところが一切ないのに、なんだかわたし、世の中が日進月歩で欧化し、日本古来の様式美が次々と敗北していく中でのささやかな江戸懐古の部分に勝手にピンポイントで過剰反応してたかも;; 文豪たちの愛敬ある逸話や武勇伝のツボりどころは数知れず・・というのはいわずもがなですが。
時代の試練に揉まれて忘れ去られてしまうであろう瑣事に過ぎない風俗の一片を丁寧に拾って気負いなく綴る筆趣、過渡期ならではの珍事や、都人士の耳目を驚かせた新風景のあれこれ、頭を垂れたくなるほどの造詣の深さと卓識で綴られる明治の消息が、ひとつひとつ灯をともすかのように刻まれています。
町 の 柳 十 本 毎 に 灯 を と も す (子規)


明治風物誌
柴田 宵曲
筑摩書房 2007-08 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★★
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