裁縫師 / 小池昌代
不安と快感の狭間の揺らぎ・・そんなイメージを呼び起こされた5篇の短篇集。 詩人の描く小説宇宙に魅了される今日この頃。 小池昌代さん初体験でしたが、追いかけたい作家さんがまた一人。
老女の回想で綴られる表題作の「裁縫師」は、今年読んだベスト短篇かなって思えるくらいに好きでした。 色彩と匂い、そしてスカートの生地と裁縫師の指先が素肌に触れる感覚だけが極まり過ぎて、まるで無声映画のフィルムのような、硬質な静物画のような・・ 研ぎ澄まされた官能の帳が下りて朦朧としてくる心地でした。 温度も湿度も感じさせない無機的な身ごなしの中で、濃密さを増していく淫らな情感。 そこから燃え立つ確かな生命の一瞬に身体の芯を焦がされる。 これは語り手が強く念じた幻影なのではないかと、ふとそんな想いに駆られるのはどうしてだろう。 鮮烈過ぎて、美しすぎて、あまりに儚い・・
でも、たとえ幻影であったとしても、それは紛れもない記憶の一部。 ねじれたり淀んだり、ふわりと浮いたり、入り組んだり・・ 人は何時だって少しズレた不確かな記憶を生きていくことしかできない。 けれどそこにこそ、人生の実相を彩る奥深い襞や折り代があるのかもしれません。
「女神」の停滞と官能は東直子さんの「薬屋のタバサ」と、死の淵での一瞬を濃く引き延ばす「左腕」は松浦寿輝さんの「あやめ」と、わたしの中では近しいフィーリングでした。 どちらも読んでから時間が経つほど輝きを増しそうな(得体のしれない影となって心を揺さふりそうな)作品で、他の2作も含め詩情を湛えた静謐さが忘れ難い佳作揃いです。


裁縫師
小池 昌代
角川書店 2007-06 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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