※ ネタバレご注意を ※

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | - |
ケルト妖精物語 / W・B・イエイツ 編
[井村君江 編・訳] アイルランドの農民や漁夫たちに連綿と受け継がれてきた土着的な民話や、それに基づく伝承物語を、イエイツが蒐集、編纂、大系化してまとめ上げた二冊の書の中から、“妖精譚”を選出。
創世記の戦いに敗れて、海の彼方と地下に逃れたダーナ巨人神族は、次第に敬われなくなり、人々の想像の中で小さくなっていったといいます。 伝承の世界へ移行したそんな異教の神々を、妖精たちの末裔と捉えるのがアイルランド人の妖精観なのだそうですが、同時にキリスト教においては、“救われるほど良くもないが救われぬほど悪くもない堕天使”として位置づけられているのだとか。
本書を読んだ門外漢のわたしの第一印象は、キリスト教の検閲が邪魔臭いなぁ〜というものだったんですけど、考えてみれば当然のことで、排斥を免れ、分ち難く共存してきた奇跡に目を向けることにこそ、意味があるのですよね。
何にせよ、19世紀、文芸復興運動の動力となり、後に陸続と構築されていくケルト民話的世界観に礎石を据えたイエイツの、卓出した仕事に感謝を捧げたい。
概ね、善人には善をもって報い、悪人には悪をもって報いるけれど、非常に気紛れで節操がないのが妖精の特徴的生態。 “群れをなす妖精”と、“一人暮らしの妖精”とに大別されます。
前者の代表格は、茨の茂みや円型土砦(ラース)に棲息し、一般的にシーオークと呼ばれる小妖精と、水の妖精メロウ(いわゆる人魚)。 概して温和なようですが、シーオークは時々、取り替え子(チェンジリング)をやらかす悪癖があったり、雄のメロウは不細工なので、雌のメロウはしばしばハンサムな漁師に恋をするのだそうです。
後者の妖精たちは性悪なのが多いみたい。 片足ばかり作る靴職人のレプラホーン、鳥や獣に変身して酔っ払いにちょっかいを出すのが大好きなプーカ、一族の者の死を悲しんで泣く家付きの妖精バンシーなどなど。
わたしのお気に入りは、“月曜、火曜日〜”と繰り返し歌っていたら、その途切れ目で、“それまた水曜日”と、人間に合いの手を入れられて御満悦になってしまった妖精たち^^ この話、ケルト版「瘤取り爺さん」なのも面白い。 類似といえば、妖精の名を言い当てることがキーとなって幸運を呼び込む糸紡ぎの話があって、グリム童話の「ルンペンシュティルツヒェン」を思い浮かべました。
惜しむらくは、説話風に整えられている部分に気を取られてしまったせいか、本来の民話の持つ、粗削りで残酷な魅力や不条理感が打ち消されているように思えてしまって、期待よりは奥行きを感じ取れなかったんだよね。 いや、でもこうやって生き残ってきたんだなぁ〜としみじみ。 歴史的背景を鑑みれば興味深いし、大変感慨深いのですけれど。


ケルト妖精物語
W・B・イエイツ 編
筑摩書房 1986-04 (文庫)
関連作品いろいろ

| comments(0) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| - | - |
C O M M E N T








トラックバック機能は終了しました。