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抱擁 / 辻原登
昭和十二年の東京・駒場。 鬱蒼とした森の中に広がる東洋一の邸宅、前田侯爵邸へ小間使いとして奉公にあがった十八歳の“わたし”が、お邸での謎めいた体験を後に検事に供述するというスタイルの作品で、これはわたし好みの信用ならざる独白系? と思いきや、一筋縄ではいかないところに、むしろ惚れました。
五歳の令嬢、緑子の視線の先にある見えない何か。 その不確かな存在に呼応するように少女の虜になっていく“わたし”。 幽霊の気配が隠微に揺らめくゴージャスな洋館では、微量の嘘や作為やまやかしによって、不穏な緊張感が醸成されているように思えてならないのですが、それがどこに依拠したものなのか最後まで明かされることはありません。 どの事象が真実で、どこからが誰の描いた虚構なのか・・ 相互に入り組んだ“胡蝶の夢”のような物語に眩惑されながら、ゴシックロマンと隠秘趣味が濃厚に香る舞台に身を沈めました。
そこを敢えて強引に心理劇として深読みしてみたくなる誘惑にどうしても抗えない・・そんな魔術的誘引力もまた、この物語の魅力だったりするかもしれない。
で、野暮を承知でつっついてしまうんですけれども。 様々な解釈が可能なのは当然のこととして、わたしの脳裡には(以下妄想)「自分の僕に相応しいかどうか、緑子は“わたし”をずっと試していたのではなかったろうか・・という緑子小悪魔説」が過ぎっています。 知らず知らずに操られて踏み迷っていくのは“わたし”。 妄念に取り憑かれながら高揚感を募らせていくクライマックスシーンの“わたし”の蹶起は、二・二六事件の青年将校たちの不遜な決意と、どこか二重映しのように描かれています。 陛下の聖断を夢想して果てた将校たちに対して、“善し”の言葉を最後に賜わることを“わたし”は許される。
衝撃のラストは、“わたし”が緑子に初めて認められた瞬間であり、契りの世界への扉の鍵を手渡されたと同時に、それと引き換えにして訪れた別れの時でもあり・・ 蠱惑的な狂おしさと覚醒した静けさが、まるで“あちら側”と“こちら側”が一期一会に交錯する刹那のように美しく烟っているイメージだったのです。 終幕の二粒の言葉が、それを端的に言い表しているようにも思えてきて鳥肌が立ちました。 言うまでもなく滑稽千万な鳥肌の可能性も(爆) ま、それでもいいんだ。


抱擁
辻原 登
新潮社 2009-12 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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