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生半可な学者 / 柴田元幸
'90年前後に雑誌連載されたエッセイをまとめた、たぶん初エッセイ集。 “どこかで英語に繋がっている”っぽい雑話が採り揃えられていて、ゆるゆると小気味良い生半可テイスト(?)が癖になりそう。
“駆け出しの翻訳者”(ご本人曰く)であり、30代前半だったりする柴田さんの初々しさが垣間見れるかもぉ〜ぐふふ。なんていう助平ぇ心はぎゃふんって感じで。 高い視点から常に全体を見回しながら、嬉々として細部を語るという、憎らしいほどエレガントな、あの一流の、人を食った(ような)やる気なさげな風格が、既に完成されている気配。
まずは基本なところで、言葉のチョイスや文章の組み立て方の的確さに惚れ惚れ・・しているようでは失礼かもしれないですが;; そして内容もまた、わたしの心を擽る話材がザックザク♪
ことわざや比喩、行動パターンにみる日米比較や、日常的な事物をめぐる意識の変遷といった文化の今昔、英語に定着した外国語の傾向から見えてくる国民性、致命的な誤植によって彩られた悪しき聖書のあれこれ、言い間違いが異彩を放っている街中の看板や貼り紙、表現の由来についての眉唾な珍説、大真面目な書物ならではの止むに止まれぬ可笑しさ、和製英語の変てこな楽さ・・
これらはあくまで“面白きことは善きことなり”に徹した視座から、時には辛辣なユーモアを覗かせながら、素知らぬ顔で縷々語られていくのです。
“この上もなく強靭な思考力が、もしかしたら何の役にも立たないかもしれない主題のために惜し気もなく浪費される眺めの壮観さ”というものを柴田さんはこよなく愛しておられるようなのですが、まさに、この本がそれを体現しているといってもいいのではないかしら? 乱暴を承知で言えば、形式上の遊びの要素をふんだんに取り入れたポストモダン文学って、この考えの延長線上にあるような気がしてくるのです。 わたし自身、かの文学のそこに愛着を感じるんじゃないかと気付いた。
抽象と具体、冷静と情熱のバランス感覚が尋常じゃないです・・柴田さん。 根本的に隔たった世界観や哲学の間で、原概念を普遍的なかたちに変換して共有させることの難しさと快感。 そういうものに取り憑かれてしまった人達なんだろうなぁ。翻訳家って。 と、これまた乱暴なんだけど、そんなことも思ったりして。

<付記>
話中で触れられていた本のうち、読みたくなった興味津々の5冊。
「文章教室」 金井美恵子
「外人処世訓」 ジョージ・ミケシュ
「道具づくし」 別役実
「中二階」 ニコルソン・ベイカー
「舞踏会へ向かう三人の農夫」 リチャード・パワーズ


生半可な学者
柴田 元幸
白水社 1996-03 (新書)
関連作品いろいろ
★★★
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