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小さいおうち / 中島京子
中島さんの本歌取り系小説は、これまでも楽しく読ませていただいてて、本作も何気、バートンの「ちいさいおうち」へ連想が及ぶ装丁とタイトル。 どんな風に捌いて下さるのか、待ち焦がれて手に取りました〜。
隠居生活を送る老女のタキは、止むに止まれぬ想いに駆られるようにして回想録を綴り始めます。 戦前戦後に渡り、女中業を天職と心得て携わってきたタキには、“終の棲家”と思い定めた唯一の居場所がありました。
昭和十年、東京郊外に建てられた平井家の小さなお邸。 赤い屋根のモダンな和洋折衷館で、美しく華やかな時子奥様に仕えた日々は、タキの思い出の中で、自身の矜持と分かち難く結びつき、明るく甘やかな色彩を溢れ返らせています。
昭和十八年を過ぎる頃には、生活を蝕む沈鬱さや昏い高揚感が否応なく滲むけれど、それでも一つ一つの家庭の中には、ささやかな笑いがあったろうと思う。 ましてやそれ以前、流行語のように飛び交う“非常時”という言葉の実体にピンと来ないまま、のほほんとお気楽に毎日を送っていた庶民たちの日常風景を、作品を通して容易に想像することができました。
どうかすると不謹慎に感じてしまうかもしれません。 二度と繰り返さないための教訓として、戦争=悲惨の公式を繰り返し教えられてきたから。 情弱ゆえの近視眼的な幸福や快楽であったとしても、そこには、後出しジャンケンでは決して垣間見れない暮らしの息吹があります。 当時を生きた人々が肌で感じ取ったそんな豊かな思い出にまで、後ろめたさを抱かせることを強いては来なかっただろうかと、ちくんと胸に針が刺さるようでした。
で、この物語。 最終章は舞台を現代に移し、甥っ子の健史が、残された手記の謎解きをするような展開になるんですが、わたしこれ、非常に悩みます。。。
(以後、内容に触れます→) 時子奥様に対するタキの感情として“一心同体の身”以外のイメージを上手く感じ取れなかったんだな。わたし。 そのせいで、タキの乙女の眼差し(もしかすると本人も気付いていないレベルで)が本当は何処に向けられていたか・・ 健史(≒読者)の意識にも掠らないように最後まで慎重に封印された本心(があるとすれば)に、想いを馳せたくなってしまった。
そうすると、賢い女中の機転で奥様をお守りしたのだという免罪符(繰り返し自分に言い聞かせているように映る)が、どうしても心の救いにならない理由に説得力が増すし、嵐の日の、まるで恋心の予兆であるかのような匂いの感覚描写(あれが妙に艶めかしくて忘れられない・・)も腑に落ちる気がして。
でもそうすると今度は、“小さいおうち”というモチーフ自体の輝きというか、求心力が弱まるようにも思えてくるし、明らかな伏線(睦子さん)も用意周到な捨て罠だったりするかなーとか、逆に腑に落ちない気持ちにもなってきて、何とも収まりが悪い。 考え過ぎなんだろうね;; こんなこと書くのは野暮天なんだ。申し訳ない。
読者を惑わす“信用ならざる語り手”ものの面白さが存分に発揮されていて、これはこれで大満足ではあるんです。 手記に押し殺された悲痛な想いが、めくるめく物語へと昇り詰めていくような・・醍醐味もまた、素晴らしい。


小さいおうち
中島 京子
文藝春秋 2010-05 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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