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幻惑の死と使途 / 森博嗣
シリーズ6作目。 まずページを開くと、奇数章しかないことに気付きます。 これは同時進行で起こる別の事件を扱った次作「夏のレプリカ」に偶数章が当てられているためであるらしい。 つまり時系列順に並べることで目次が補完され、2冊で1作品になるという試みのようです。 こちらだけ読んだのでは、まだ何も見えてきませんが、おーっ! となるようなリンクが隠されていたりするのでしょうか・・
さて、本作はというと、箱抜けイリュージョンの本番に舞台上で殺害され、さらには遺体となってまでも前代未聞のミラクル・エスケープでセンセーションを巻き起こした天才奇術師の物語。 そう“物語”と形容したくなるような・・
人間の認識というものの曖昧さ、その本質に切り込むという意味で、「笑わない数学者」を彷彿とさせるほどに哲学指向の強い作品だと感じました。 最後のトリッキーなどんでん返しの余韻が、堪らなくわたしは好きです。 胡蝶の夢のような幻惑感が・・ (喋りすぎだったら申し訳ない;;)
森さんは一見すると動機軽視主義のように映るかもしれないけど、わたしは逆に拘り抜いてるんじゃないかという気がしてきた今日この頃。 「冷たい密室と博士たち」以外と言わなくてはならないが、常軌を逸した、俗っぽさの欠片もない犯人が、凡人の理屈では考え及ばぬような動機によって人を殺害するに至る行動の所在をきちんと描こうとしていると思えるから。
行動には理屈がある。 ただし誰にでも簡単に理解できるような理屈など存在しない。 人の心は割り切れないものだから・・ そういう指向性から導き出された犯人像がこのシリーズに象徴されているんじゃないのかと・・
で、何が言いたいかというと、まるで神秘の法則を探るような感触を楽しみつつも、やっぱり自分は凡人なので易々と犯人にシンパシーを感じるまでには至れなかったわけなのだが、今回ね、何と言うか・・今までの中で一番、その動機に琴線の糸が反応した犯人像だったかもしれない。 クライマックスシーンで、犀川先生が犯人に対して起こす“とあるアクション”がヤバいです。 あー、こんちくそー、優しくなりやがって! ちょっと感傷的かもしれないが自分はこのくらいがちょうどいい。 このシリーズ初めて、泣・い・た。
ミステリ的には箱からの脱出を扱った“密室”モノというわけですが、種も仕掛けもあるマジックショーという舞台装置そのものが、犯罪トリックのミスディレクションになっているというレトリックが光る点が森さんらしい。
両親の事故死以来、死を怖がったり恐れたりするセンサを鈍化させて生きてきた萌絵。 夢中になれるエキサイティングな刺激を追い求めるように殺人事件にのめり込んでいく姿勢は、まるで直視できないダメージから必死で逃れるための代償行為でてもあるかのようで痛々しい気持ちにもなるのだけれど、密室のキーを一つ開ける毎に、開けられた部屋から得る思いがけない価値を吸収しながら、彼女が少しずつ変化しているのを感じることができます。
犀川先生と萌絵は、似た者同士なのですよね。 意識的、無意識的の違いはあれど、2人ともコントロールできない未知の感情を封印して生きている。 影響を与え合うことで、そのバリアがお互い脆くなりかけていて、前回わたし、凡人の思考でこれは吉兆だと思ったのですが、ちょっと自信が持てなくなってきた。 内側の犀川先生がチラリチラリと覗くようになって、その人格は微笑ましくもあり、そして少しばかり、ゾクっと怖くもあるから。
(わたしの中での)今作の犀川先生の名シーンはここ♪
「なんだ、眠っていたんじゃないのかい?」 犀川はトーマに言った。
トーマに話しかけたーwww 焼きの回った犀川先生ステキ過ぎ!!
おまけ。 犀川先生の愛車がぽんこつシビックから芥子色のルノーへ。 萌絵が携帯を持ち始める。 犀川先生が萌絵の部屋へ初めて入る。


幻惑の死と使途
森 博嗣
講談社 2000-11 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★
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