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ハドリアヌス帝の回想 / マルグリット・ユルスナール
ハドリアヌス帝の回想
−ユルスナール・セレクション1−

マルグリット ユルスナール
白水社 2001-05
(単行本)
★★★★

[多田智満子 訳] 「ローマ人の物語」の中で塩野七生さんが触れていていつか読んでみたいと思っていた。 ユルスナールは須賀敦子さんが敬愛しておられた作家さんと知ってその思いは強くなった。 フランス人にとって、歴代ローマ皇帝の中でハドリアヌス帝が最も人気の高い皇帝の1人であるのは、本書の存在によるところが大きいという。
文章が難解でちょっとビビる。 名訳であるという定評の文章、悲しいかな、力不足なのだ;; 特に1章は死の淵にあるハドリアヌスの瞑想で占められ、美や食や恋や夢や人生や・・抽象的な随想がいきなり目まぐるしく展開して、あっけにとられてしまうという感じだった。 しかし諦めずについていくと、2章以降は人生の軌跡そのものの回想に入っていくためか(あるいは少し慣れたのか)、心はあっさりと2世紀のローマへ飛んでしまった。
本書は後々の皇帝となるマルクス・アウレリウスに宛てて、死を間近に悟ったハドリアヌスが自身の人生を振り返り、書簡をしたためるという形をとっている。 ハドリアヌス帝は“積極的な平和維持”の統治が高く評価されている賢帝の1人。 また芸術を愛し、恋に奔放な自由人だった。
物質的な豊かさと精神的な豊かさはなかなか両立しえないのが世の常、人間の性と考えてしまいがちだけれど、ハドリアヌスの偉大なところは、この両立を力強く目指したところだと感じる。 “苦悩を美徳とするな、豊かさから学べ”という厳格な快楽主義者像がユルスナールの筆を通して浮かび上がってくる。 哲学によって己を律し、道を切り開いていこうとした、美しくやんちゃで力強い古代の英雄たちが輝いていた時代に、最も相応しい皇帝だったに違いないという気持ちになってしまう。
そして、やっぱりどこか・・“自分のようになれとは言わない、でも視野を広く持ちなさい”というマルクス・アウレリウスへ向けたメッセージであったようにも思える。 マルクス・アウレリウスは、まるでハドリアヌスを反面教師にしたかのように、生涯、禁欲主義を貫いたストア派の哲人皇帝である。 彼の統治の下でパクス・ロマーナは終焉を迎えることになる。 それを想うとひたすらにやるせない。 とはいってもこれはユルスナールが書いたのだった。 物語であることをすっかり忘れて、本当にハドリアヌスが記した書簡を読んでいるような錯覚に陥っている。
はじめてページを開いたところにハドリアヌスの辞世の五行詩が掲載されている。 この時はまだ特に心にかかるものはなくさらっと読んでしまうのだが、本文最後、その五行詩がさり気なく挿入されている文章に触れた時、じわ〜と熱いものがこみあげ、胸がいっぱいになる。
小さな魂、さまよえるいとおしき魂よ、汝が客なりしわが肉体の伴侶よ、汝はいま、青ざめ、硬く、露わなるあの場所、昔日の戯れをあきらめねばならぬあの場所へ降り行こうとする。いましばし、共にながめよう。この親しい岸辺を、もはや二度とふたたび見ることのない事物を・・・目をみひらいたまま、死の中に歩み入るよう努めよう・・・
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