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アイルランド幻想 / ピーター・トレメイン
[甲斐萬里江 訳] 著者はケルト学者のピーター・ベレスフォード・エリス。 小説執筆時の別名義なのだそうです。 アイルランドの民話や伝承に取材し、それを近代や現代という額縁の中に展開させたアイリッシュ・ホラーの短篇集で、エンターテインメント性を慮って初心者を拒まない作りになっていますが、そのバックボーンとなる作品世界のなんと豊饒なことか。
アイルランドに興味を持つ者、先祖に所縁のある者など、どの物語も英国やアメリカなど外部からやってきた余所者(エアハトラナッハ)が、知らず知らず土着的な呪縛に絡め取られていく感じ。 狙いを定められたら決してキャンセルされないという絶対的破滅性に、首筋がザッと寒くなる場面のクオリティが高いです。 でも、それよりも、人々と神々の受難が共鳴し合う、物悲しい調べの中へ惹き込まれることが、何より得難い体験に感じられました。
12世紀半ば以来、七百年続いた英国による支配の歴史の爪痕が、全篇に渡り沈鬱な翳を落としています。 概ね舞台になるのは国土の西部、荒蕪の岩原や泥炭湿地に覆われた貧しい地域で、この辺りは、英国にとって入植の魅力がなかったため、比較的アングロサクソン化をまぬがれ、ケルト固有の精神風土と分ち難く時が刻まれているようす。 虐げられ続けたアイルランドの農民、漁民たちの慟哭や怨嗟が色濃く根ざした地域であり、皮肉にも“異世界への最前線”として、哀しくも美しい舞台が誂えられてしまったかのように生彩を放っています。
5世紀に聖パトリックによってキリスト教がもたらされて以降、神話の中の古い神々は、妖精に格下げされて丘や川や岩山や海へ追いやられたことが起源となり、今もなお、アイルランドの自然界には沢山の妖精、精霊、妖怪、小悪魔、悪鬼などが棲みついて絶え間なく蠢いている・・ケルトの世界観ってこんな感じでしょうか? ケルト神話というと森の風景が思い浮かぶのですが、物語の中に森はありません。 色彩豊かな地域でも灌木や草原のイメージかな。 植民地時代に完膚なきまでに伐採されてしまった森林にはどんな神々が宿っていたのでしょう。 敗れ去った神々の、追われた場所さえ追われた神々の嘆きや怒り・・そんな色合いもまた、溶け込んでいるように思えるのでした。
ダナーン神族の中の、治療と薬を司る神であったディアンケハトが、フォーモーリィ(ダナーン神族によって追放された邪悪な太古の神々)の国まで旅をして持ち返ったという死の石(ギャラーン・ナ・モリヴ)、西の海に七年に一度浮かび上がり、それを目撃した者は命を落とすと言われる伝説の島、ハイ・ブラシル、ハロウィンのルーツであるサウィン・フェシュの節句、悲しい泣き声で死を予告するバン・シイ、小悪魔のプーカ・・ 古代異教の残滓が誘惑的な幻想ホラーの中へ転生するかのように、滾々と命が吹き込まれてます。 ケルト四大祭日の一つ“ルナサの宵祭り”に現在と過去が交錯する「恋歌」と、スタンリイ・エリンの「パーティーの夜」を連想させる洒脱な幽霊譚「メビウスの館」がお気に入りです。


アイルランド幻想
ピーター トレメイン
光文社 2005-08 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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