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新編 物いう小箱 / 森銑三
[小出昌洋 編] 柴田宵曲さんの盟友であり、近世学芸史家として多大な功績を残した著者が、研究や論述の傍ら、資料を離れ、筆を遊ばせた再話風小品集。 “八雲に聴かせたい”との思いで書き綴った・・ と紹介されています。
小品選集「物いう小箱」としては改編を経て三度目の編纂となる本書。 四十四篇を収める増補版です。 初出まで辿ると実に大正後期から昭和五十年代に渡っていて、長い歳月の裡で途切れることなく書き続けて来られたのだなぁーと。 碩学のもう一つの顔を垣間見るような心持ちがします。
江戸時代の随筆に材を得た本朝編(第一部)と、「太平広記」などの漢籍を自由に訳したという中国編(第二部)と、どちらも素朴な風情の昔話です。
本朝篇は、江戸時代の怪異談、ちょっとした逸話や頓知話が収められています。 今、「半七捕物帳」を読んでいる途中なのですが、江戸情緒に精通した人の書くもの特有の、恬淡としていて真っすぐで、馥郁とした品のある肌触りがとても近しいものに感じられます。
途中でふっと途切れてしまったような“呆気ない”話も多いのですが、なんだろう・・どこか俳諧に通ずるような。 一瞬を捉える詩趣に溢れています。 特に、1ページ余りの最も短い「春の日」がマイベスト。 お婆さんと老猫のちょっと奇妙な一風景が、長閑な春の日和に溶け込んでいて泣きそうになりました。 あと、喋る猫繋がりで「猫」が好き。 ふふ。 可愛げないところが可笑しくて和む。やばいw ほんと江戸と猫はよく似合うなぁ。
ちょっとユーモラスなところでは、本所七不思議の“送り提燈”のマイナーチェンジバージョンのような「提燈小僧」もよいし、お化け屋敷の仕掛け人さながらエンターテナーのような、やんちゃな妖怪たちが、客人を驚かせようと嬉々として芸(笑)を披露する「妖怪断章」に愛着が湧きます。 「稲生物怪録」が下地にあるのではないでしょうか。 頬擦りしたいくらい大好きです! この辺は、小品というより、もはや「遠野物語」のようなスタイルです。
「気のぬけた話」もよかったなー。 赤穂浪士討入り当時の市井のひとこまが軽快な遣り取りの中に冴え冴えと活写されていて、ふとその場の空気を吸っているような心地がして、こんな事が実際あったんだろうなーなんて思えてきて、なんとも滋味深いのです。
情趣漂う話では「仕舞扇」や「朝顔」などの佳品を差し置いて、特に心惹かれたのが「見物」で、抒情というには些か淡泊なところが逆に切なさを呼び起こすのか・・ どうしたものか胸がキュンとなるのでした。 唐突なラストが一番奇妙でちょっと不気味な「物いう小箱」もお気に入りです。
中国編は殆ど全部が怪異譚。 暮色に押し抱かれたような愁然とした佇まいがあって、此の世と彼の世の一期一会の交わり・・ そんな幽玄チックな美しさが全篇に漂っていたように感じられました。 不思議な丸薬や霊力のある桃、深山の奥の幻の小庵や古寺や妖しい宴といったモチーフが中華の風合いを醸し出していて、やっぱり江戸とは趣きが全然違うんですよねぇ。 「竹の杖」や「再会」のような神仙と篤実な人間とが束の間の邂逅を果たす話が、自分は特に好きだったなー。
竹の杖に跨って月夜の空を翔け、死者の国の宮殿に妻を訪ねていく「夢」などは、すっごく既視感のある話で、「聊斎志異」辺りにも似た話があったんじゃないかな。
「衝立の女」「不思議な絵筆」「竹林絵図」のような、衝立や画幅の絵の中に出入りする話は、日本でも様々なバリエーションで取り入れられていますよね。 梨木香歩さんの「家守綺譚」の高堂や、畠中恵さんの“屏風のぞき”が、読みながらサッと脳裡を掠めました。
「弟子」は、妖術使いの鹿が少年に化けて、寺に弟子入りを志願する話で、森福都さんの「狐弟子」を思い起こします。 僧侶や隠者や道士が、時に食わせ者だったり、時に仙人や神様だったりする話も多いのですが、そんな中で「居酒屋」は、ほっこり笑えるような茶目っ気があって、これもよかったですー。
無欲で簡潔な小品たちに触れていると、洗練とはこういうことなのではなかろうかと思う・・ そして、一篇一篇の眼に見えない連鎖なのか、読み終えた時、懐かしい親しみが心いっぱいに繁茂し、やおら満たされているのでした。


新編 物いう小箱
森 銑三
講談社 2005-03 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★
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