雪姫 / 寮美千子
[副題:遠野おしらさま迷宮] オシラサマは東北地方に伝わる家の神とか、女(め)の神とか、子供の神とか、馬の神とか言われる土着信仰の神様ですが、「遠野物語」の中でもその由来譚の悲壮美は強く印象に残っていました。
本編はその遠い続編のような物語。 感嘆したのは、別解釈を与えられた八百比丘尼伝説とこんな形で融合するなんて! ということでした。 民話の持つ自浄作用が、ゆかしく物語に還元されています。
冷たく澄んでキンとした空気、囲炉裏や竈の炎で際立つ座敷の奥の濃い闇・・ 借景となる「遠野物語」の質感を丹念に写し込む眼差しや、哀しい伝説をそのままにしておくに忍びなかった作者さんの優しさにも触れるような心地がして、キュンとなりました。 脳内ではアニメーションのイメージで映像が膨らんで、ずっと二次元で再生されていました。 アニメ化したら綺麗だろうなーと思ったり。
施設で育ち、都会の託児所でパート勤めをしている雪姫(ユキ)は、かつて祖母が暮らしたという遠野市土淵町山口の土地と、“南部曲がり家”造りの古民家を、或る日突然、相続することに。
真っ赤な小紋の縮緬で拵えてある母の形見のお手玉や、か細い絹糸のような声で耳の底に聴こえてくる童唄・・ 深層領域に刻まれた魂の故郷の残響に導かれるように雪深い冬の遠野へ招かれていく雪姫。
ジュブナイルに分類される作品でしょうか。 来歴否認の主人公の自分探しストーリーなんですが、ありふれた平板なテーマを愚弄したり茶化したりせず、平明かつ的確な文章で怯むことなく凛然と描いている清らかさのようなものが感じられるのです。 ひょっとすると大人が真っ正面から読んだらこそばゆいかもしれませんが、おとぎ話と割り切れたら呆気なく場の磁力に引き込まれてしまいます。 「宇田川心中」がお好きな方にお勧めしたいなー。
「銀河鉄道の夜」のモデルになった岩手軽便鉄道を前身とする釜石線に乗って、新花巻から遠野に向かう車中、賢治風の紳士とボックス席に乗り合わせるところから、物語は徐々に“フォルクローロの圏内”へと運ばれていきます。 窓外の雪景色と宇宙が、猿ヶ石川と銀河が、水力発電所とアルビレオの観測所が唱和し、幻影が日常の枠内を埋め尽くし始めると、“銀河鉄道”を降りた遠野、そこはもう雪の迷宮。 辿りついた古民家は“マヨイガ”だったのです。
蝋燭の灯火の中、夜な夜な炉端で語られるのは“どんどはれ”で終わる昔話。 語り部は家の守人(まぶりっと)であるイタコの婆さまです。 赤い顔の河童や餅が好きな山人(やまんど)、サムトの婆や座敷童子など、原典に忠実な属性で登場しますし、主人公自身が鮭に乗ってやってきた旧家の宮氏の末裔というのも、しっかり根拠のある設定になっているという念の入れよう。
ひと連なりの宝石のように多彩に輝く「遠野物語」モチーフを歯車のように組み合わせ、まるでその世界観が自己増殖していくかのよう・・ 虚実の被膜を縫うように現れる相似形のエピソードの数々。 クライマックスのロマンチックな展開も、そのプロットが原典の逸話より提供されているからこそのベタさがいい。
閉じた時空に踏み迷い、命の源に触れる異空の旅は、自身を見つめ直す内省の機会でした。 マヨイガでの束の間の日々は、ふと“繭”のような時間を想わせます。 「遠野物語」の中でもマヨイガは吉兆(よいシルマシ)ですし、オシラサマは養蚕の神でもあるんですよね。
前世と祖先の傷痕が共鳴するように暗く蟠って結ぼれた想念の連鎖が八百比丘尼のスピリットによって断ち切られ、解放され、救済される流れの妙味。 民話世界の体験は、微かな温もりを宿す熾火のように雪姫を内側から照らす強さになるのでしょう。
下は「遠野物語」の一節ですが、ここにも符丁が隠されているかもしれない。
小正月ならずとも冬の満月の夜は、雪女が出て遊ぶともいふ。童子をあまた引き連れて来るといへり。
その昔、市の立ったころの遠野郷の賑わいを、雪姫とその子供たちの世代に託したい・・ そんな未来への願いが込められていた気がして。
惜しまれるのは、南蛮渡来の紅絵のお皿や、ツキとホシ姉妹の伝説にも(この分だと)下地があるのではと思うのですが、自分がそれを知らないことです。


雪姫 −遠野おしらさま迷宮−
寮 美千子
兼六館出版 2010-09 (単行本)
著者の作品いろいろ
★★★★
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