あの薔薇を見てよ / エリザベス・ボウエン
[副題:ボウエン・ミステリー短編集][太田良子 訳] ボーエンの短篇の中から20篇を選んだ本邦オリジナルの短篇集。 副題に“ミステリー短篇集”とありますが、いわゆる“ミステリアス”の方です。
辛辣な表現をさらりと優雅に綴る理知的な文章、そこから立ちのぼる冷酷で甘美な恐怖ときたら、それはもう至妙の域で。 一篇としてハズレがなかったです。 胸の奥に仕舞われた仄暗い熱を感知する触手が尋常でない。 概ね、現実の範疇に収まっていますが、薄っすらと幻想の釉薬が塗されて、日常からほんの少しだけ遊離した間合いを保つ物語。 その裏側には冷たい磁石のように張り付いて、時代を生きた人々の人生の実相が刻印されていて・・
湿った樹木の幹の匂いや草いきれ、茨の茂み、荒れ果てた空き家、古い果樹園に囲まれた屋敷、客人たちとの遊惰な団欒、ドレスの衣擦れ・・ 本書に収められている短篇群が執筆された20世紀前半当時であっても、既にやや古色がかったスタイルだったのではないかと想像するのですが、イギリスのカントリーサイドを舞台に、そこに暮らすアパーミドルに照準を当てた、(少し色褪せた)クラシカルな気品を特色とする作風には全くプレや迷いが感じられません。
全体的に列強植民地主義や階級社会の崩壊に象徴されるような斜陽の気配を色濃く写し込んでいるのですが、懐古趣味ではなく、退廃美ともまた違う。 形骸化しつつある旧世界のモラルは心地よい拘束力なのか、それとも自縄自縛の重荷なのか。 退屈で平穏で分別くさいフォーマリティの中の居た堪れない調和、そこから否応なく仄見える疲弊感。 そんな端境にいる人々の揺れる生き様に立ち会うような・・ 幾多の感情、感覚が擦れて立てる音をつぶさに聴く思いがしました。
停滞のままではいられない変化の契機を切り取るような場面が多いのですが、心を構成していた観念が撹拌され、一度ばらばらに解けて再構築されたら何かが少し変わっていた・・そんなイメージに近いかも。 変わらざるを得ない不条理に晒されたとしても、変わることが人の世の定めであるか・・と、つらつら思う肌触り。
ガヴァネスや、お雇い裁縫師、帽子店の経営者などの職業婦人が謎めいた背景を纏い登場したり、二度に渡る世界大戦の影も落ちています。 社会構造や社会情勢がもたらす理不尽な暴力に拳をあげることもなく、安易に感情と結びつけることもなく、ただそこにある真実として見つめる透徹した眼差しにこそ、共振音を内在する計り知れない力が宿るのだと、改めて感じ入ってしまう。
ボーエンは少女らしさの秘密の様式を熟知していますね。 感覚を異様に活性化させた少女期特有の防衛本能や攻撃性が残酷な輝きを放ったガーリッシュ系の物語が結構多くて(寄宿女学校とか大好物♪)楽しめましたし、少年の成長の一断片を描いた「泪よ、むなしい泪よ」や、醒めたユーモアが圧巻だった「段取り」なんかも好みでした。 西洋の小説を読んでいると、偽善、お節介をとことん突き詰めて、図らずも人が目指すべき到達点のようなところに行き着いてしまったかのような超絶パワフルな女性が時々出てくるんですよね^^ 「林檎の木」のミセス・ベタスレーもその典型のような人物で、わたし、こんな人間の描き方がとても好き。 「猫が跳ぶとき」の二人のハロルドがシンクロする怖さも白眉でした。 でも一番忘れられないのは最終話の「幻のコー」。 目蓋の裏の残像を何度も呼び起こしてはそっと溜息・・


あの薔薇を見てよ
−ボウエン・ミステリー短編集−

エリザベス ボウエン
ミネルヴァ書房 2004-07 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★★
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