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トリスタン・イズー物語 / ジョゼフ・ベディエ 編
[佐藤輝夫 訳] よく知られている“イゾルテ”はドイツ語読みで“イズー”はフランス語読みらしいです。 12世紀中葉にフランスで成立し、のちにドイツをはじめ、ヨーロッパに名を馳せた愛の叙事詩。
ケルトに起源を持つといわれる伝説に魅了された当時の宮廷詩人らが、同時代人のために妍を競うように翻案したそうですが、残念ながら多くは消失し、散り散りの断片でしか残っていないのだとか。 その様々な異本の残塊を丹念に拾い集めて底本とし、到達しうるかぎりの最も古い形で19世紀末に再生させたのが本書。 中世文献学者ベディエの遺産です。
コーンウォールを中心に、アイルランド、ウェールズ、ブルターニュと舞台はケルト圏ですし、トリスタンとイズーの運命を支配し、死に至る熱病の如き愛によって二人を結びつけた秘薬が象徴する魔術など、ケルト的痕跡を色濃く残しつつも、中世キリスト教社会の精神の中に語り直されたその融合的色調を興味深く読みました。
十字軍時代の抑圧的な社会にあって、秘かな感情を贖う物語として熱狂的に受け入れられたんでしょうねぇ。 如何なる理非をも越えた愛の宿命が甘美な破滅に昇華するというタナトス的至福への飽くなき畏怖と憧憬は、人の世の永遠の主題なのかなぁ・・としみじみ。
騎士トリスタンと王妃イズーの、喜悦と苦悩に縁取られた悲恋譚を軸に、剣と魔法の冒険ストーリーを軽く絡めた趣きなので、なんというか、新訳で読んではいけないかもしれない。 勇壮な活力に鼓舞された愛の表現は、現代においては些か陳腐に成り下がってしまう恐れがあると思うのですが、その点、滑稽さや稚拙さを神聖なるものへと高め、世界観の中に無理なく誘ってくれる典雅な訳文が素敵でした。
でもこれ、逆説的に愛という途轍もない感情の極致を“秘薬”というアイテムに結晶化させたともいえるわけで。 秘薬が先か、愛が先か。 運命と意志が交錯するような・・いわく言い難い不思議な感慨に陥るのです。 恋愛をストレートに表わせなかった(であろう)時代にあって、トリスタンとイズーは、言わば抗えない力の犠牲者の形をとって描かれているのですが、そこにこそ、現代人がこの物語に向き合える鍵が隠れているかもしれない。 “恋に落ちる”という情動の深淵を覗き見るような哲学的な何か・・
それと、マルク王の葛藤が陰翳を刻んでいて、読み方によってはマルク王にこそ、感情の照準を合わせてしまいそうになるほどでした。 マルク王が秘薬を飲んだという説を採らなかったのは編者の慧眼というほかありません。
田辺聖子さんの「隼別王子の叛乱」(の第一章)がずっと頭に浮かんでいました。 そうかー。 トリスタン伝説の本朝版だったんですねぇ。 そうだったんだー。


トリスタン・イズー物語
ベディエ 編
岩波書店 1985-04 (文庫)
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