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泡をたたき割る人魚は / 片瀬チヲル
これが新時代の人魚姫伝説なのでしょうね。 現代版人魚姫の日常であり、神話です。 ストーリーも元来の「人魚姫」を擬えていて、その違いに自然と目が奪われる仕掛けになっているところが巧いなぁと思う。 若い作家さんらしい鋭敏な感性に支えられた瑞々しい文章の煌めきに惹き込まれました。 月や星座、虫や草花、貝殻や魚、絵の具の色彩が、空の青と水の青のグラデーションに包まれ、滲み、瞬いている空間は、どこか無機的で、希薄で、静謐で、レプリカのようで、とても綺麗。 皮膚と鱗の境界や、人それぞれが所有する“泉”の肌触りなど、観念的なモチーフが寓話の中で生き生きと開花しています。 一番圧倒されたのが人魚に変身する刹那の描写。 キリキリと胸が痛むようで、体の芯がぞわりと痺れるようで・・鳥肌が立ちました。 ちょっとベルニーニのダフネを思い浮かべてしまった。
恋がしたくて人間になりたかった古の人魚姫。 恋をしたくないから魚になりたい今人魚姫。 草食系ならぬ魚系ですからねぇ。 いわんや肉食系をや。 というか、誘惑と拒絶を併せ持つ“人魚”という具象がとてもしっくりくる恋愛観。 人と魚のいいとこ取りなのか、それともその真逆なのか・・
楽じゃ物足りないし、大事じゃ重すぎる。 責任の伴わない永久的愛情を求めても無理ってものなのだけれど。 人の心は変容する。 その最たるものが恋だから、恋が怖い。 というのは、もう若者じゃないけどわかる感情です。 鬱陶しい情緒に煩わされたくないという気持ちを拗らせて、逆にひどく不自由で面倒くさく生きてるみたいに見える。 恋という縛りを逃れようとしていたら、恋という縛りから逃れたいという状態に縛られてしまってるみたいな。
古の人魚姫は恋破れて泡になったけれど、恋が始まりさえしない今人魚姫は、泡となることもなく、無精卵を産んで自分で食べてしまう水槽の中のグッピーみたいに、溜息の泡を尾ヒレで無為にたたき割っている・・ 今王子が結婚相手に人魚を求めるというのも、何かとても諷刺的。
干渉し合わないという居心地の良さは、一見、スマートなようでありながら、自分のしてあげたいこと、してほしいこと、それだけの関係でしか他人と繋がろうとしない閉鎖的なエゴにもなり得るだろうし、いかにも現代チックな病理を突き付けられている心地がして・・ そんな遣る瀬無さが、お伽話のように美しく汚れのない舞台の中に腐敗するように溶け込んでいて、ふわふわしているのに鋭利で・・ 非常に世界観豊かな作品だと感じました。


泡をたたき割る人魚は
片瀬 チヲル
講談社 2012-07 (単行本)
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