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『吾輩は猫である』殺人事件 / 奥泉光
吾輩は猫である。名前はまだ無い。吾輩はいま上海に居る。
この出だしで小躍りw ビールの酔いに足を取られて、水瓶の底に溺死する寸前、意識を失くした吾輩は、気つけば東亜の大都市、上海に暮らしている・・という、ぶっ飛んだ設定ながら、正統的に原典を引き継いだといえる続編、後日談風快作(怪作?)です。
文体模写が堂に入っちゃってます。 漱石の「猫」そのままのご機嫌なリズムで些細な癖まで完璧トレース。 しかも、“牡蠣的性質”だの“屋根の上のぺんぺん草”だの“原稿用紙に鼻毛”だの、個人的なツボりネタはもれなく拾われていて痒いところ掻き放題^^
なぜか1906年の上海で野良猫として生きるはめになってしまった或る日、日本人租界を徘徊中、かつての主人だった苦沙弥先生横死(しかも密室!)の報に接し、驚愕する吾輩。 吾輩が当地で得た知友、パブリック・ガーデンに集う諸猫たちが“苦沙弥先生殺害事件”の推理に乗り出します。
猫サロンの面々は、啓蒙家にして艶福家のフランス猫・伯爵、老長けた皮肉屋のドイツ猫・将軍、ロシアの美猫・マダム、上海生まれの憂国の猫・虎君、イギリスの探偵猫・ホームズ君とその盟友の博士猫・ワトソン君・・と国際色豊か。 上海の複雑な政治情勢やお国柄の一端が猫たちの言動に投影されていたり、時には文化の誤解で突拍子もない珍説が飛び出したりしながら、喧々諤々の推理合戦が意外と意外にきちんと本格ミステリしていて頼もしい。
で、容疑者となるのが迷亭、寒月、東風、独仙・・のお馴染み“太平の逸民”たち。 臥龍窟を賑わした諸氏たちの特徴や振る舞い、下宿時代のエピソード、山芋盗難事件、超然的夫婦仲、風邪をひいて死んでしまった三毛子、生後間もない吾輩と書生との出会い・・などなど、あの場面この場面、よくもここまで料理したなーと。 こんなノワールな角度から光を当てられてしまって、漱石先生、草葉の陰で目を白黒させているんじゃないかしらん。
しっかし後半から終盤は打って変わって大冒険ロマン。 知ってた^^; 奥泉さんが規格内ミステリ書くと思ってないからw 蕉鹿の夢の如き阿片の幻覚を軸に、かなりのウェイトで「夢十夜」モチーフも織り込まれていましたし、未読なので詳しくは分りませんが、おそらくそこに「バスカビル家の犬」もリミックスされてそう。 埠頭の外れの桟橋から、仲良く尻尾を並べて霧に霞んだ“虞美人丸”の船影を眺める猫たちの後ろ姿が、なんか無性に可愛いくて。
苦沙弥先生殺害の謎を解くカギが「吾輩は猫である」のテキスト中に隠されているというミステリ的趣向だけでも非常に面白いのですが、「吾輩は猫である」という作品そのものをメタフィクションとして使ったSF的プロット(これネタバレですが;;)などは著者の真骨頂じゃないかと思う。 最後、ん?・・あっ、あっー!・・ん??という感じ。 謎オチ・・だよね? あれ? そうだよね??
単語こそ出てこないけれど、この作品のSF要素には、かの“ロンギヌス物質”が関係してるよね・・くらいの緩やかさで「モーダルな事象」や「鳥類学者のファンタジア」との接点が感じ取れます。 似たような立地条件の作品として、コニー・ウィリスの「犬は勘定に入れません」を連想しました。 名作古典へのオマージュであり、SFと本格ミステリの融合であり、自作の姉妹編でもあり、なんたって突き抜けた諧謔精神と衒学的遊び心が奏でたパスティーシュのコラージュがもうね。
漱石の「猫」を読むと、漠然となんだけど、知識階級の人間に対する反発心が芽生えるのは、「猫」の太平楽で酔狂な物語時間と同時進行しているはずの日露戦争について、小説中で(まるで他人事のように)ほとんど触れられていないからなのかもしれないと気づかされた。 そしてその背後には、文化とは対極にある戦争への単なる無関心ではなく、無関心でいられることの後ろめたさのような陰翳が貼り付いていたのではないかという指摘が心に響きました。 今度、「猫」を読む時は、一段深い感慨が湧きそうです。


『吾輩は猫である』殺人事件
奥泉 光
新潮社 1999-03 (文庫)
関連作品いろいろ
★★
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| 少年少女・ネタバレ談話室(ネタばらし注意!) | 2015/06/21 |