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エステルハージ博士の事件簿 / アヴラム・デイヴィッドスン
[池央耿 訳] 19世紀の東欧で、南スラブの一帯を治めていたかもしれない“スキタイ=パンノニア=トランスバルカニア三重帝国”という“非歴史上の”多民族国家が舞台。 20世紀初頭、最後の威厳を瞬かせながら光と影の劇を繰り広げる落日の帝国。 その刹那と無窮の中に幽閉されたような心地がして、倦怠と仄暗い興奮が淀んだ甘苦しいノスタルジアに惑溺しました。
古代、中世、近代へと地層を積み重ねたヨーロッパの由緒ある土壌の上に構築された壮大なホラにして、煌びやかな幻視力の結晶です。 まことしやかに語られる薀蓄の数々。 もし、本当の歴史や地理や文化に明るかったら虚実の皮膜で遊ぶ楽しさは如何ばかりか・・と悩ましくもありましたが、それを言っても詮無いので、解説の殊能将之さんの言葉を有難く真に受けて、殆どまっさらな気持ちで読みました^^; まるでそこに暮らし、空気を吸っていたかのように枝葉末節まで入念に練り上げられた与太。 話の筋がどんなに違っていようと、伝説は伝説で生きている・・そんな飄然たる風格を感じさせる物語の中で、架空の帝国が鮮烈に拍動しています。
バルカン半島中央部に位置する三重帝国は、北をオーストリア=ハンガリー二重帝国やら、西をセルビアやら、東をルーマニアやら、南をオスマン・トルコやらに囲まれて、まるで史実と虚構の地平が透明なトンネルで繋がっているかのよう。 実際に、ドナウ河のトポスとして帝国内を“イステル河”が流れていたりする。 小国家の複合体である帝国は、人種や民族はもとより、言語や文字、宗教・宗派、風俗・風習、伝承や迷信の類いまで、多種多様で猥雑な彩りを醸し、しかも時は世紀の変わり目、文明によって魔法が解かれる前夜の旧世界で、理知と神秘が綾を成してせめぎ合っているのだから、こんな蠱惑的な舞台はまたとないかもしれないと思ってしまう。
で、そんなユートピアを闊歩するのが、帝都ベラのタークリング街33番地に私邸を構えるエンゲルベルト・エステルハージ。 七つの学位と十六通りの称号を持つ、医学博士、法学博士、理学博士、文学博士・・その他もろもろなんでも博士という、(ちょっと眉唾な)希代の博物学者が活躍するのにこの上相応しい環境がありましょうか。 魔術師や錬金術師、フリーメイソン、見世物小屋、人魚伝説や古宝石伝説・・と目もあやな怪事件に遭遇する博士の“事件簿”ではありますが、解決という常套を軽やかに飛び越えて、怪奇、SF、喜劇、探偵小説・・と、ジャンルを横断する変幻華麗さが魅力。
エステルハージ博士は、形骸化してなお、民間信仰のように土地に浸潤している古めかしい因習も、それが災いを招くことなく、民の心の安寧に貢献するのであればなんの問題もないではないかといったスタンスで、なんていうのか、実益を見極める淡白な柔軟さのある人物。 科学からも神秘からも一定の距離にあるような、間違っても啓蒙家といったイメージではありません。 そんな博士によって見届けられる真相は、原因や結果を無理やり集約しようとしない余白に溢れていて、そんな余白こそがこの物語の世界観を律しているように思えるのです。
ペダン過ぎて晦渋でありながら、でも、それでいて、ざっくばらんな親しみがある。 完全には空気を読めなくても、悪戯っ気のある醒めたユーモアを煙幕にしたかさついた余韻が心地よかったり。 そして、ラストに押し寄せる無常観。 憂色を帯びた幻影のような光景に、予期せぬ感傷がこみ上げて亡国のロマンに身を焦がしました。
解説されていた通り、南スラブを束ねたこの架空の帝国は、第一次世界大戦前にスライドさせたユーゴスラビアと捉えることも可能ですし、むしろそれが自然と行き着く連想なのではないでしょうか。 因みにこれ、1975年の作品なんですよね。 幻視というより霊視なんじゃないの?って感覚に俄かに揺さぶられてしまいます。 何か降りて来た感が半端なくて。 大恐慌を暗示した「グレート・ギャッツビー」を彷彿とさせる鳥肌がゾクリ。


エステルハージ博士の事件簿
アヴラム デイヴィッドスン
河出書房新社 2010-11 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★
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