サロメ / オスカー・ワイルド
[平野啓一郎 訳]  紀元一世紀のキリスト教誕生前夜、帝政ローマの属州だったオリエント世界のとある宮殿の、月の夜の一場の悲劇。
ヘロデ・アンティパス(ヘロデ大王の息子)の命により洗礼者ヨハネが斬首されたという「新約聖書」の“マルコ伝”と“マタイ伝”の記述に依拠した19世紀末の戯曲ですが、同様にサロメ伝説をモチーフとした既存の文学や芸術を応用しつつ改変し、母親ヘロディアの代弁者ではなく、初めてサロメという娘に意思を持たせたことで名高い古典です。
原本テキスト中に眠るサロメの少女性に着目した訳者によって、少女の無邪気な残酷さとしてサロメ像を捉え直す試みが、この新訳における一つのテーマだったとも言えそうです。 その結果、ビアズリーといったん切り離し、世紀末デカダン美学という先入観から「サロメ」を解放した・・という順番であればこその意義深さなのでしょう。
以前に旧字旧仮名遣いの岩波版、福田恆存訳でビアズリーの挿絵(厳密には挿絵というよりワイルドの「サロメ」に想を得たビアズリー独自の個性的な作品と捉えた方が良さそうなのですが)と共に読みながらも、やはりサロメは妖女や毒婦というよりも、もっとキリキリとした痛みを伴って思い出す存在です。 人と人の断絶が圧倒的で、その無慈悲なまでの理不尽さに酔ったのです。 そしてまた再び・・
むろん文体が刷新され、ライブ感が増していますが、自分の中では今回の新訳によって大きな方向転換がなされたという認識はなく、むしろそのことにホッとしたくなります。 原作(福田訳)だけ読んでいて、芝居もオペラも日夏訳も知らなかったら、およそこんな感覚なんじゃないかなぁ。違うかなぁ。
シンプルな人物配置の奥に、繊細な意識構成で織り上げられた玄妙な空気を感じながらも掴み切ることのできない象徴性が、名状し難いカタルシスをもたらす所以なのだろうかと、漠然とそんなイメージで記憶していましたが、サロメが担っているのは“原罪”なのだと訳者に指摘されて、胸にストンと落ちるものがありました。
愛と憎、聖と俗、清と濁、精神と肉体、生と死・・対称性を帯びた想念がダイナミックにぶつかり合う世界観が、地理的かつ歴史的な混淆を孕んだ一幕の舞台空間に凝縮されていたことを認識し、この計り知れない濃密さが何処から来るものなのか、改めて読み直す体験となりました。 もともと好きだった原作の魅力を、自分の中で更に深められたことが何より嬉しい。
本書は、注や解説などの論考部がボリューミーで、新時代のサロメやワイルド研究に触れる機会が持てたのも収穫。


サロメ
オスカー ワイルド
光文社 2012-04 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★★
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