遁走状態 / ブライアン・エヴンソン
[柴田元幸 訳] 世界を秩序づくる境界の危うさ、私という存在の不確かさの裂け目に嵌り込んでもがく等身大の人々をビビッドに描いた2009年発表の短編集、の全訳です。 ブライアン・エヴンソン・・微かに聞き覚えのある響きと思ったら「へべはジャリを殺す」の人だった・・orz どうだろう、気づいてたら手に取ってなかったかも。 作家という括りでバイアスをかけちゃいけないと反省。 恐る恐る読んでみたら、どうしよう、頗る好みだった。
イケナい領域へ誘う危険すぎる異端的ヴィジョン、自分の神経が鳴らす警報を聞く思いなのは変わらずだけど、19篇の短篇はまさにフーガのようで、自ずと楽想としての色調が表れてくるから、あの「へべはジャリを殺す」で味わったみたいな掴みどころのないヤバさへの拒否反応が起こらなかった。 あぁ、でもなまじ入っていけてしまう分、怖い・・ 柴田元幸さんの解説によると、初期の頃の暴力性が背後へ退き、最近の作品はストーリー性、寓話性が強まっているそうで、なるほど納得。
裏表紙の“醒めた悪夢”という言葉がぴったり。 自分もやはりポーを連想したなぁ。 バッドトリップのバージョンは確実にアップしてるけど、狂気の中の怜悧さが醸し出す緊張感、悶々とした切迫感に心乱され、取り憑かれそうな辺りが。 不気味さと痛みと苦い笑いのグロテスクなブレンドなのに得体の知れない純度を感じる。 ほとんど特殊な設定への説明がなされないままのストーリー。 どこかが組み替えられてしまったような、似て非なるもう一つの場所の出来事のようで、でも、特別感のなさが妙にリアル。
(あくまで常識サイドから見た時の)自我が崩壊した、しつつある人々、尋常でない精神状態に置かれた人々、過敏な人々、ちょっと変わった人々が見ている景色は、位相を変えたこの世界の景色なのだという真実、この世界というのは、自分に見えているものと他人に見えているものとが同じだと信仰することで成り立っているんだなぁと意識し、その頼りなさに不意を衝かれ動揺してしまう。
SFめく気配の中で繰り広げられる一人称の超絶ぶりに魂を抜かれそうだった表題作「遁走状態」が圧巻。 周囲と自己の双方に対する違和が錯綜し、周囲も自己も五感で知覚できる速さを遥かに超えて刻一刻と遁走していく物語は、例えが変かもしれないがキュビズム動画(?)でも見ているみたいな・・ 感じるべきではないものを感じている心地にさせられた。 でも悲しいほど切実なんだよなぁ。
「マダー・タング」が堪らなく好き。 滑稽を装いつつ泣かせやがって小面憎い。 こういうのに弱いのだわ。 「年下」と「テントのなかの姉妹」は表裏一体ではなかったろうかと、ふと思ってしまった。 妹を護るため、“ほんとうの世界が与えてくれるより、もっと生々しくもっと捉えがたいものがたくさんある世界”を許すものかと思い定め、ガラスのように透明になっていく姉の苦闘が沁みた。
コズミック・ホラーというのか、どこか叙事詩的な風合いを持つ「さまよう」や、精神分裂的な強迫観念が悪魔がかって赤裸々だった「第三の要素」や、生から死への移行を醜怪さと荘厳さの中に際立たせた「チロルのバウアー」や、大人が読むおとぎ話のように冷んやりと官能的でシュールな「見えない箱」や、ぱっくり空いた“哲学的パラドックス学”の円環の中に閉じ込められる「アルフォンス・カイラーズ」など、特に気に入った作品を挙げるにも迷うほど好み揃い。


遁走状態
ブライアン エヴンソン
新潮社 2014-02 (単行本)
関連作品いろいろ
★★★★
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