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燃焼のための習作 / 堀江敏幸
東京の東端とおぼしき町、運河と高速道路の高架が走る区域の、古びた雑居ビルの一室。 なんでも屋稼業の事務所を構える枕木のもとへ、嵐の前触れとともに訪れた依頼人の熊埜御堂氏は、十三年前に別れ、音信不通になった元妻と息子の消息を気にかけている様子。 捜し出したいのか、会いたいのか、そうではないのか・・ 曖昧な気持ちを曖昧なまま後押しするものがあってやって来たという。
合成皮革の古ぼけたソファに腰を下ろし、嵐が静まるのを待ちながら、つらつらと取り止めのない言葉を交わし合う。 助手の郷子さんも加わり、相談はやがて座談へと変容し、脱線や交錯、迂回や停滞、偶然や飛躍を積み重ねながら、模糊とした来訪の真意、衝動の由縁に辿り着くまでの細い道筋をゆっくりと手探りで匍匐していく三人の共同作業、捉えどころのない語らいのプロセス。
何かが生まれるかもしれないのを待つ大らかで慎重な迂遠さ、“間”の呼吸を味わうようなアナログのしなやかさは、点と点が繋がって流れになりそうな予感を手繰り寄せる。 他者との接触によってもたらされた新しい感情状態が、閉ざされていた神経回路に風穴を穿ち、それまでとは別様の光や影によって照らし出された記憶を浮かび上がらせることがある。
文中のふとした言葉から勝手な私的連想の世界を暫し彷徨って、あれ? どこで意識が逸れたんだっけ? と我に返る読書体験って日常茶飯事なんですが、読者のそんなオフライン感覚をも取り込んでしまうかもしれない不思議な底深さがある本でした。
束の間、日常から隔離された安楽椅子的シチュエーションは、どこか秘密めいた愉楽をまとっていて、相互作用や共感覚的な意識の火照りが一場の密度を濃いものにしていく。 窓外の雷鳴、雨音、風音の変化や、語り手の声音に耳を凝らす“音質”への拘りが感じられ、空気の色合いは刻一刻と形を変え、人の心をより深い人生の機微へと向かわせていくかのよう。
渋く地味な色調を包み込む明朗さと、力を秘めた温柔さが心地よく、古傷と甘い余熱が戯れ合うビターなラストにしっぽり。 状況からは易々と窺えないのだけれど、なにか、内的な化学変化に触れたと感じて読み終えたのは何故だろう。 ゆらゆらしているようでいて、物語の理念を遂行するための細心の巧妙さで制御されていたのだなぁと思う。


燃焼のための習作
堀江 敏幸
講談社 2012-05 (単行本)
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