妻が椎茸だったころ / 中島京子
泉鏡花賞を受賞した上々質な短篇集ですが、2013年度の日本タイトルだけ大賞(これ、“タイトルだけ”に贈られる賞であって、内容が伴わないという意味ではありませんので念のため)に輝いた作品(いや、タイトル)と紹介しても失礼には当たらないでしょうね? 何喰わぬ顔で言葉をパクッと捕まえる感覚を独自に進化させてる作家さんだよなぁ。 それとなく言葉遊びの要素を盛り込んでるところも好き。
生存の根源的な揺らぎと、常人の理解及ばぬ奇妙な境地を垣間見せてくれるフェティッシュな現代の奇譚5篇は、どれも究極的には男女間の倒錯した情愛を扱っていたように思います。 素っ気なくサラッと、なのに深く。 とっつき易く読みやすいのだけど侮れず。 栗田有起さんの雰囲気に近しいものがあるような・・ ただ、隠微を穿つ直観というのか、その生理的な光沢と芳香がとても濃いのが印象的です。 特に“食す”という行為が持つ、淫らで野蛮でグロテスクな本質を、飄々としてなごなごとした恬淡たる筆致から暴き出してしまう感性にゾクリとさせられる。 そして“食われる”は、“囚われる”や“魅入られる”と同義で語られていたように思います。
表題作「妻が椎茸だったころ」は、もしやリドルストーリー? ほろ苦くも温もりある滋味の中に、ちょっと滑稽な薄ら怖さがぞろっと混ざるところが艶かしくていい。 妻亡き後、二人の親密な時間を生き直しているかのような定年亭主・・いや待てよ、と、そこで思うのです。 料理家女史のセリフがふと引っかかって。 寄り添うもう一つの椎茸ってどっちなんだ? 表紙の椎茸3個がなんとも意味深な気がするのは考えすぎなのか・・ 密かに感動作と見せかけた二重底ものだったら傑作だよなと思うブラックな自分がいて後ろめたい。
表題作の深読みを抜きにしたら「ラフレシアナ」が一番シュールだったかな。 最後の一行がよい。 自らを小さな温室に幽閉するまでの感情の行程は、奇怪で馬鹿馬鹿しいほど得体の知れない底無しの昏さを秘めていて美味。
おぼつかない言語変換時に起こる脳内の越境感覚を見事に捉えたホラー「リズ・イェセンスカのゆるされざる新鮮な出会い」、伝説や物語と滑らかにシンクロしていく「蔵篠猿宿パラサイト」や「ハクビシンを飼う」。 「蔵篠猿宿パラサイト」のクトゥルー系モダンSF風味も捨てがたいですし、おとぎ好きとしては特に最終話「ハクビシンを飼う」が絶佳。 白昼夢のような妖美幻想に、不覚にも琴線がふるふる震えて、透明感ある余韻の甘苦しさをいつまでも転がしておりました。


妻が椎茸だったころ
中島 京子
講談社 2013-11 (単行本)
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★★★★
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