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水晶萬年筆 / 吉田篤弘
2005年に刊行された「十字路のあるところ」に加筆修正を施して文庫化した短篇集。 ページを開けば魂ごとここから連れ去ってくれる感応作用を持ちながら、ページを閉じた後の記憶や感情を束縛しない、そういうタイプの本だなぁーと感じました。 あっという間に忘れてしまいそうなのだけど、忘れた頃にまた読み返したい、掌中の珠のように大事にしたい、そんな気持ちにさせられる本でもありました。
東京の路地を起点とした物語は、いずれも築地、白山、根津、千住・・など、実在の町から拾い集めた風景がイマジネーションの源泉になっているらしい。 親本のタイトル通り、どの短篇にも印象的なシチュエーションで十字路が登場し、各物語を緩やかに同調させるトポスの役割を果たしています。 様々な不条理と脅威に満ち、様々な魅惑の扉を隠し持つ町や街を幻像的に揺らめかせ、自在の境地に遊んでいるかのよう。
乗りすてられた自転車、紫陽花に隠れた真鍮の蛇口、色褪せた味自慢の暖簾、燻んだカフェー、銭湯、古アパート・・ 迷路にも似た陽の当たらぬ細い路地に踏み入ると、そこには昭和の残響が聞き取れる世にも不思議な空間が開けます。 ちょっとした思考から奇妙に発展した、日常という座標系の外にある秘密の巣穴のような場所に誘われていく感じがいたしました。
甘い水の町に物語を探しに来た物書き、西陽が描く壁画の町で影を持て余す絵描き、繁茂する道草に迷い込んで坂の上の洋食堂に辿り着けない新語研究家・・ 積極的な生の営みが停滞した緩衝地帯に小さな契機をもたらすのが十字路。 逡巡をまとった主人公たちの微かな鼓動が、物憂い静けさに浸った町々の中に溶けて、意識や匂いや色や音が照応し合う共感覚的アトモスフィアを濃厚に漂わせています。
言葉の増殖に絡め取られる「ティファニーまで」や、世界が言葉に支配され変貌する「アシャとピストル」からは、言葉という概念に向けられた関心の強さが読み取れるし、街の裏側に息づく森へファンファーレを奏でる「黒砂糖」や、飽和し倦んだ街のメランコリーが揺蕩う「ルパンの片眼鏡」では、街や都市そのものに対する感慨が浮き彫りにされています。 適度なユーモアを持って語られつつも、何かこう、非常にコンセプチュアルな印象を刻むんですよね。 洒脱なのです。
一番のお気に入りは「黒砂糖」。 伊吹先生のシルエットが宮沢賢治と重なって独自の妄想を進化させてしまいました。 住宅街の片隅に人知れず萌す植物を見つけたら、ははん、彼奴らの仕業だなと。 そしてアスファルトの下の森のことを思い出すのだろうな。
親本には、舞台となった場所を辿るモノクロ写真が添付されていると知って、衝動を抑えられず、図書館で急きょ借りて参りました。 親本には、物語から醒めて、ふと夢の跡に落とすため息のような観想の場が各短篇の最後に設けられていて、歳月の中に微睡むような都市の片隅のモノクロ写真が、そこに一緒に配置されているのでした。 おぼろな記憶の輪郭が溶けて流れ、写真はいつしか物語の魔法の中に永遠に閉じ込められてしまったみたいに、しんと佇んでいました。


水晶萬年筆
吉田 篤弘
中央公論新社 2010-07 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★
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