ペドロ・パラモ / フアン・ルルフォ
[杉山晃・増田義郎 訳] 死んだ母親との約束を守り、顔も知らない父親ペドロ・パラモに会うためコマラの町にやってきたフアン・プレシアド。 かつての繁栄は見る影もなく、荒れ果て、寂れた町は、死者たちの“ささめき”に包まれていた。 瑞々しい詩情と、怜悧な技巧と、乾いた認識と、熱い血潮が玲瓏と響き合う名品。 素晴らしかったです。
現在と過去が円環の中に閉じ込められて永劫ループするかのような、未来へ繋がる何ものも持たず、未来から断絶して完結している物語が宿す冒涜的なまでの虚無と不毛、その研ぎ澄まされように悪魔がかった狂気の域を感じ、この戦慄を創造した著者に気圧される。 のみならず、無残なまでにアクチュアルな光芒を放っていて、その深淵が更に恐ろしい。 メキシコ革命の混乱が続く暴力と破壊と搾取と狂熱の時代に幼年期を過ごしたルルフォの精神風土が小説世界の地盤になっていることは、疑いようがないのだと思われます。
貧困、迷妄、腐敗、俗欲・・ そんな“罪深い”肉体の憐れな残骸でしかない魂は、無慈悲な神に見放され、安らかな眠りも辿り着ける場所もなく。 現世という煉獄を幽霊となってさまよいながら、果てしのない執着の中に吹き溜まり、救いと許しを求め、起伏のない単調さで繰り言めいた想念をざわつかせている。 同時に、死者の追憶は陽炎のような物語を紡ぎ、獰猛なまでに生々しい灼けるような肉体の、終わりのない夢を反復する・・
メキシコの作家ルルフォは、20世紀中葉に遺した二冊の薄い本によって20世紀最高のスペイン語圏作家に数えられています。 とりわけ1955年に発表された本長篇は、ラテンアメリカ文学ブームの草分けとして極めて重要な作品と目されており、マルケスやバルガス・リョサへの多大な影響をうかがわせます。 視点や人称、時間軸を自在に操り、過剰に切り分けた幾つもの断章を絡ませ、連動させながら、些かの弛緩も冗長も許さない緊密さで織り上げていく、その斬新な構成法を絶え間ない刺激として用いることで、200ページ余りの分量の中に、叙事詩さながらのダイナミズムとスケールを圧縮してみせる。 曖昧な生と死、土着的な呪縛、澎湃たる大地の鼓動・・ 汲めども尽きぬ神話的地下水脈の轟音を感じずにはいられない文学空間に呑まれていました。
小説技法や表現の可能性に対して極めて意識的で、文字テクストであるという側面を小説の大きな魅力として位置付けようとする姿勢が好きです。 無論好みが分かれると思いますが。 何かを思い出すための手ががりであるかのように、ささやかな合図を送ってくる固有名詞など、ナボコフを思わせる巧緻が潜んでいて、作者と読者の間で交わされるテキスト遊戯が読解の醍醐味にもなっています。 渾然としているようでいて、死者と生者を繋ぐ境界人はプレシアドだけだったことに気づき、それが単に物語の進行上の措置なのか、それ以上の何かを暗示するのか、無性に気になるのだけどわからなかった。


ペドロ・パラモ
フアン ルルフォ
岩波書店 1992-10 (文庫)
関連作品いろいろ
★★★★
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