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カールシュタイン城夜話 / フランティシェク・クプカ
[山口巖 訳] “チェコでもっとも才能ある語り手の一人”と言われる著者が、第二次大戦中に書いた“歴史的雰囲気の三部作”の第三巻に当たる作品。 時は14世紀。 チェコの王統プシェミスル家の血を引く神聖ローマ帝国皇帝カレル四世が、帝都をプラハに定めて都市開発を進めたことから、美しく洗練された都へと大きな発展を遂げた黄金期のプラハ。
宮廷で何者かに毒を盛られ、一命は取り止めたものの、聖霊降臨祭までの一週間を、プラハ郊外の丘に建つ、森と葡萄畑に挟まれたカールシュタイン城で療養することになったカレル四世。 無聊を慰めるのは、ともに鬢の白くなった三人の心許せる側近たち。 愛情と気遣いに満ちた隠れ家での束の間の遁世は、衰弱した皇帝の心身を癒し、英気を蘇らせるひと時に。
集いの側近とカレル四世が代わる代わるに語り手をつとめ、一夜に三話ずつ物語を披露し合うという趣向で編まれていく二十一篇の枠物語。 「千一夜物語」或いは「デカメロン」のチェコ版と形容するに相応しい魅惑の香りが封じ込められています。 男たちの夜語りとなれば話題の中心はやはり女性。 愛をめぐる遍くモチーフの瞬きに、緊張し、身震いし、微笑み、安らぎ、時に敬虔な沈黙に身を浸し、満足のため息とともに夜会の帳は降りてゆく・・
美しい王女や不実な夫人や奔放な町娘、聖人、英雄、騎士、悪魔、天使、亡霊など、御伽噺の儀式的エッセンスと、アビニョン捕囚や黒死病や百年戦争、イタリア諸都市におけるギベリン党とゲルフ党の対立抗争など、歴史を踏まえた精緻な背景が共鳴し、クロスオーバーしています。
地上で人から聖人に変わったヴァーツラフ聖公の(存在したかもしれない)無名の妃の話、フィレンツェの魔術師を侮った若者がプラハの宮廷から幻の王国に飛ばされる話、外国からカレル大学にやってきた学生が酒場の踊り子に暗い情熱を捧げる話、フランチェスコ・ペトラルカがプラハ滞在中に経験した(かもしれない)詩人らしい愛の話、カールシュタイン城の教会の壁画を描いたデドジフの弟子が、その旺盛な食欲によって引き起こす笑い話など。 また、舞台はプラハを離れ、ピサ、ルッカ、ブルゴーニュ、アビニョン、フランドル、ナヴァラ、アンダルシアといったヨーロッパ各地の異国情緒を奏でる愛と冒険風の様相を呈したり、カレル四世が語り手となって史実を包み込むように恋人や亡き王妃たちの思い出を振り返る自叙伝風の味わいを醸し出すなど、縦横に織り上げられた雄渾な物語世界は、“人の魂をめぐって争う天国と地獄”といった中世的テーマ性を色濃く反映しています。
見事に完成された美しい説話である放浪の修道女ベアータの話は(全く同じ話を)なぜか知っていて、どこで触れたんだろう・・と訝りながら読んでいたのだけど、章の末尾に語り手たちのこんな会話が挟まれています。
だがヴィーテク卿は笑って言った。
「誓って言うが、私はこの事件のことをボローニャで聞きました。そしてその修道尼もやはりベアータという名でした」
イェシェク師は言った。「卿よ、私もどこかで聞きました。悪魔も護れなかった夫人の話や、全ての女の愛から逃げだした若者の話を。ところで卿よ、あなたの話に戻れば、それはどうでもよいことです。ベアータはいたし、今もいるのです! たとえプラハかボローニャにいなくても、ノリンベルグかパリにいるのです」
「私はあなたの物語をけなそうとして言ったわけではありませんぞ。あなたが言われたように、それが私たちの町プラハで起こったことが嬉しいのです」
著者あとがきを読んでわかったのですが、この「ベアータ」を含む五篇は、中世から流布する古譚をチェコ風に再話した物語だったのです。 創作による残り十六篇も(著者の色を消し去って)古譚の趣きを見事に踏襲しているのですが、その中に、何度も語り直され語り継がれてきた“本物”の伝承的息吹きを注ぎ込むことで、作品全体に強靭な生命力を宿らせ得たかのよう。 語りの真偽は詮索しないという暗黙の了解のもとでの余興、その、歴史のささやかな秘話的な曖昧感も含めて、この一冊がそのままチェコの伝説の一ページに加えられても不思議じゃないくらいに思え、あぁ、これが語りの魔術というものの正体なのじゃないかと感じ入りました。
疲弊した戦争の時代にあって、心の奥深くにある誇りを静かに確認するような・・ 祖国への愛に貫かれていながら、圧迫感を伴うような偏狭さや気負いが全くないのです。 ドイツの強制収容所に送られたチェコ人の間で密かに回し読みされ、愛されたという妙なる遍歴を持つ作品なのですが、素朴で平明な逞しさに加え、長篇としての(外枠の)ラストで示された真の孤独を知る者だけが勝ち得る優しさと強さ、そこに宿る品位と崇高こそが尊ばれた証しなのではなかったかと思えてくるのでした。
余談ですが、トリックアートっぽいシュールで悍ましやかな表紙カバーが素敵。 作田富幸さんとおっしゃる銅版画家の作品らしい。 ふと、ルドルフ二世の肖像画で有名なアルチンボルドが(プラハ繋がりで)思い浮かんだり。 でも本物のカールシュタイン城って異様感全然なくて、むしろブロックで拵えたみたいに可愛らしく見えてしまった。 あくまで画像検索の話です。 直に触れたことのない愚を承知の暴言なので悪しからず^^;


カールシュタイン城夜話
フランティシェク クプカ
風濤社 2013-02 (単行本)
関連作品いろいろ
★★
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